164.奇襲
「魔王様、敵襲です!」
ドアが勢いよく開けられ、武装した兵士たちが戸口の守りを固め、鍵をかける。部屋の中に入ってきたのは5人。外ではそれ以上の兵士が防衛にあたっている。
盾を持った重装の兵士たちがドアと窓の前に立ち敵の侵入を警戒する。結界の中にいるゼファルはドアを、ヒュリスは窓に注意を向けていた。
息をつめ、誰もが外の音に耳を澄ます。爆発音が3発続き、階下が慌ただしくなった。
ゼファルは胸元から手のひら大の手鏡を取り出し、外の状況を映し出す。右手の指を滑らせ、襲撃があった場所を探す。
「ちっ、抜け道を使われたか!」
その場所はすぐに見つかった。兵士と侵入者が闘っている場所は、前に首長から抜け道があると教えられた部屋に近い。
抜け道という言葉に兵士たちにどよめきが走り、その中の一人が憤った。
「卑怯な! 魔族ならば戦場で堂々と相まみえるべきであろう!」
「そうですぞ! このような闇討ち、魔族の矜持はどうしたというのです!」
次々に呼応し、部屋に怒りが満ちる。
「敵は少数だが姿を隠しているものがいるかもしれん。各ポイントに兵を配置し、ネズミ一匹取り逃すな。非戦闘員に被害が出る前に鎮圧しろ!」
ゼファルの指示を受け、一人の兵士が伝令に走る。ゼファルは引き続き、他に侵入者がいないかを探っていくが、映す場所をさらに遠くに広げたとたん眩暈に襲われた。自身を包んでいた結界が霧散する。
(くそっ、急激に魔力が減った。外の障壁に何かあったか、それか構築したシステムに何か問題が?)
今障壁が消えればケヴェルンの町に甚大な被害が出てしまう。大きく魔力が減ったのは一度だけで、外の障壁はまだ維持できているが、自分たちを守る結界が解けてしまった。魔力量に注意しもう一度張ろうとしたその時、
「新たな侵入者あり!」
遠くから別の声が聞こえ、それが徐々に伝わって目の前の廊下までつながってきた。
「来るか」
ゼファルは腰から剣を抜き正面のドアに向ける。ヒュリスは攻撃魔法を展開して魔王の援護に回った。廊下の喧騒が大きくなり、ドアへと皆の意識が集中したその瞬間、一人の兵士が振り向きざまにゼファルに斬りかかった。
振り上げられた剣が光を反射する。
「魔王様!」
暴挙に気付いた兵士の焦った声が飛ぶ。
ゼファルは斬られると身構え、結界を張ろうとしたが間に合わない。遅れて兵士たちも反転したのが見えたが、襲い掛かってきた兵士はさらに数歩先にいる。
あと2歩で、こちらに剣が届く。
避けられるか。足に力を入れる。剣が迫る。光はもう目の前だった。肌が泡立つ。死が迫り危機を本能が告げた。
(リリア!)
打開策を考えなければならない頭に最後浮かんだのはリリアの顔で。
横へと飛び身を捻るがそれを上回る速度で剣が迫っていた。
痛みを覚悟し身を強張らせたその瞬間、自分の名を呼ぶリリアの声を聞いたような気がした。横から衝撃が加わり体が大きく傾く。剣鳴りが耳のすぐそばでし、頬に風を感じる。そして視界に、黄色が舞った。
押し倒されたのだと気づいたのは、鈍い痛みが体の右半分を襲ってから。床に倒れているのだと理解すると同時に、新たな結界を張った。その結界が2撃目を食い止め、ゼファルが剣を突き出すより前に他の兵士たちの剣や槍が襲撃者の背から貫いていた。血が結界に模様を浮かばせる。
「ゼファル様、怪我は!?」
恋焦がれていた声がした。誘われるように顔を横に向ければ、リリアがいた。
「俺は……死にかけているのか」
自分の妄想が形作った幻覚にしか思えなかった。死に瀕した意識が、夢を見せているのだろう。
「ゼファル様?」
困惑した表情。表情一つ変わっただけで、胸が掻き立てられた。狂おしいほど愛おしくて、どうせ夢ならばと手を伸ばす。
「きゃあ!」
掴んだ腕を引き寄せ、強く抱きしめた。