16.魔王と宰相と昼食を
「ちょっと、ヒュリス様、魔王様! あれは何なんですか!」
式典が終わり玉座の間に戻った私は、二人が入ってくるなりそう叫んだ。ここまで連れて来てくれたシェラには絶賛されたし、廊下ですれ違った兵士には敬礼をされた。魔族の間で私の立ち位置がおかしなことになっている。
「怒ったリリアも可愛いなぁ」
「リリア様お疲れ様です」
相好を崩している魔王は放っておいて、私はヒュリス様に視線を向けた。
「私、魔王様より強いとは思えないのに、あんな言い方して大丈夫なんですか?」
「問題ありませんよ。強さといっても、何も武力や魔力の強さのみではありません。魔王様への影響力の強さで言えば一番なので、間違ってはいませんよ」
それはへりくつって言うんじゃ……。
にこやかに淀みなく答えたヒュリス様の隣で、魔王も頷いている。
「ここがリリアにとって居心地のいい場所になるように頑張るから、安心してくれ。今日、リリアに色めきだった声を上げた男たちの顔は覚えたから、何かあれば成敗しよう」
「あ……お気持ちだけ受け取っておきます」
口を開けば残念魔王で、式典での顔つきとは大違いだ。
「では、立ち話も何ですので、昼食を兼ねて今後のことを話しましょうか」
そして場所を移し、バルコニーで丸テーブルを囲み私たちは昼食を取ることになった。二度目の魔王と宰相と食事という人生でもありえない状況なのだけど、もう色々ありすぎて感覚が麻痺している。
せめてもの救いは、出てくる料理がどれもおいしいことね。
ヒュリス様によると、よくあるこの国の料理らしい。肉と野菜を煮込んだものや、芋とクリームに魚介が入ったオーブン料理など、種類としては私の国でも見たことがあるものだけど、全体的にハーブが効いていた。
「リリア、味はどうだ?」
「おいしいです。パンもやわらかくて、香りがいいですね」
私にとってやわらかいパンなんて、ぜいたくなものだった。下町で母親と暮らしていた頃は、固いパンと野菜のスープばかり食べていた。伯爵家に引き取られてからも、あまった固いパンとクズ野菜のスープに何か一品あればいい方だった。三食ご飯がお腹いっぱい食べられるだけでも幸せなのに、おいしいから文句のつけようがない。
「今まであまり食べられなかった分、たっぷり食べてくれ」
向こうでの食生活を思い出していると、優しい声音で魔王にそう言われパンをちぎる手が止まった。一瞬で味が落ちた気がする。
無言で非難の視線を向けていると、さすがに魔王もまずいと思ったのか「それはそうと」と話を変えた。
「リリアは紹介のとおり、人間研究部の顧問という立ち位置だから、明日から彼らに協力してやってくれ」
あからさまだけど、私に関係がある話だからその流れに乗る。
「それはもちろんですが、何をしたらいいんですか?」
「知っていることを話してやるといい。あの部署は、人間からの情報収集とそれを魔族の生活向上に活かすのが仕事だからな」
「それくらいならできそうですね。ついでに、私も外の世界を教えてもらえそうですし」
人間に関心がある人達なら、魔族やこの国のことについても話しやすそうだ。
「あぁ、それとあの区画の書庫に読みやすい本を集めておいたから、暇なときに読むといい。俺が子供の時に読んでいたものなら、分かりやすいと思う」
仕事が早い。魔王なんだから有能だろうけど、残念発言が多すぎて魔王であることがかすんでしまう。「後でシェラに案内させる」と話を終わらせ、食事に戻った魔王の所作は優雅だった。改めて、この人魔王だったんだぁと感想を噛みしめていると、ヒュリス様が話を引き継ぐ。
「それと、近いうちにケヴェルンに視察に行こうと思っていたので、その時に一緒に来てください。城下町には侍女と一緒なら自由に散策されてもいいですよ。ずっと城だと息も詰まるでしょうし」
ケヴェルンはたしか、人間と魔族が共存している町だ。どんな暮らしをしているのか興味がある。もし私でもできそうな仕事があれば、そこに移住するのもありね。
「何から何までありがとうございます」
気遣いの固まりのようなヒュリス様にお礼を言うと、魔王が身を乗り出して割って入ってきた。
「リリア、城下にはおすすめのお菓子屋がたくさんあるんだ。こんど一緒に行こう」
「えっと……シェラと行くから大丈夫です」
残念魔王に戻っていて、私の本音が滑り出てしまう。そして、食後のデザートを堪能しながら城下町の甘い物巡りに思いを馳せた。お城のデザートもおいしいから、期待ができる。
下町に住んでいた時は、お菓子なんて高くて買えなかったし、伯爵家にいた時は外に出してもらえなかった。
なんか変な感じ。魔王に攫われて自由になるなんて。いや、さっきからずっと魔王に見つめられているから、ちょっと窮屈ではあるけど……。
そんな居心地の悪さを感じつつデザートのアイスを食べ終わると、魔王たちは仕事だと挨拶をして出て行った。国の元首と宰相だもの、忙しいに決まっている。逆に私の予定は何もないので、シェラに書庫を案内してもらい外で生き抜く知識を得ることにしたのだった。