159.天秤にかけるもの
文官に案内されたのは昨日と同じ謁見の間。てっきりヴァネッサ様も一緒かと思ったけれど、どうも私一人だけのよう。つまり、結論ではないのだろう。私に何か尋ねたいことがあるのか、詳しい条件の交渉か。予想をしたところでここからは一人で対処しなくてはいけない。
大丈夫。ヴァネッサ様とは来るまでにアイラディーテ側の出方も想定済みよ。ヴァネッサ様は私が思うように動けばいいって言ってくれたわ。
謁見の間の重い扉が開いていく。私は静かに息を吸うと、背筋を伸ばして足を踏み出した。視線の先にいたのは両陛下と宰相で、軍務卿がいないことから軍事ではないと当たりをつける。
近づけば三人の表情は硬くもなく、昨日ほどの緊張感はない。
「ただいま参上いたしました」
ミグルド式の礼で挨拶をし、向こうの言葉を待つ。
「急に呼び出してすまなかったな、リリア殿。ケヴェルンへの援軍については昨日から大臣たちと話し合っているのだが、まだ結論はでていない」
それは予想の範囲内なので、私は黙って頷く。ここからの話が本題だ。
「今の状況を完結に言えば、我が国の今後を考えれば援軍を出すのがよかろうという流れになっている」
嬉しい知らせに表情が動きそうになったのを慌てて抑えた。ヴァネッサ様とは援軍を出す流れになるのに数日はかかると見込んでいたので、手ごたえを感じる。
「が、難航しているのは援軍の程度と条件だ。5万という数やケヴェルンの前線に送ることへの反発が出ておる。そちらはヴァネッサ殿に助力いただくとして、リリア殿とは条件について話したい」
やっぱりそう来たのね……。
昨日の謁見はあくまで提案。ここから本格的な交渉となるのだ。分かっていても重い役割に緊張感から鼓動が早くなる。ここからは私の返答が援軍の交渉を左右すると思うと迂闊に答えられない。
王様は少し間を置き、私の表情をじっと見つめた。試されているような視線を受け止め、見つめ返す。
「結論から言おう。我が国は、リリア殿が戻り第三王子と婚姻を結ぶなら援軍を出す」
それを聞いた瞬間、小さな痛みのような拒絶感が心臓に刺さる。指先に刺さった棘のような不快で違和感のある痛み。
「……第三王子との婚姻」
言葉を繰り返し、考える時間をかせぐ。予言に関係がある私を条件に入れられるのは想定していたけれど、相手が意外だった。
「しかし、第三王子はまだ9か10では?」
ルーディッヒに弟がいたのは聞いていたけれど、結婚できる年ではなかったはずだ。
「無論今すぐではない。婚約を結んでくれればいい」
私は冷静にその条件の真意を口にする。
「それは、私の子どもが勇者になると予言されたからですよね」
王は髭を短くそろえた顎に手をやり曖昧に笑った。沈黙は肯定だ。ルーディッヒに私を探させたことからも、アイラディーテ側が私の確保に動くのは明らか。そうなると、交渉が決裂した際、私を国から出させないようにする恐れがある。守りの小部屋で脱出できても、追手がかかると面倒なことになる。
これは好機よ。今ここで、予言と私の身の安全についてはっきりさせるわ。
交渉は呑まれた瞬間負けになる。私は目に力を入れ、胸を張って両陛下に対峙した。
「仮に私の子が勇者になるとして、アイラディーテはその子をどうするつもりですか」
「……具体的な話は出ていない。王族の子として育てられ、適性に応じた仕事が与えられよう」
その口ぶりからすると、この条件を重視しているのは王ではなく他の大臣や貴族たちなんだろう。
勇者が怖いから、手元で管理しておきたいってところかしら。
王は落ち着いた威厳のある声で話しを続ける。
「子にもそしてリディア殿にも不自由な生活はさせないと約束しよう。どうだ? 悪くない条件だと思うが」
心臓に刺さった棘が痛みを生む。
私と援軍が引き換え。一人と五万。一人とケヴェルンに住む10万の人々。比べられるものではない。条件で言えば破格といってもいいぐらいだ。
私はもともと第二王子の婚約者で、名ばかりとは言え王族に嫁ぐための教育は受けてきた。決まっていた相手が第三王子に変わるだけ。そればかりか、予言があるから待遇も悪くないだろう。
心臓に刺さった棘が、いら立ちを生む。私はすっと息を吸った。答えは決まっている。
「お断りします」




