153.魔族の使者として
「魔国、ミグルド王国より使者が参りました!」
衛兵が声高々に口にした役目の重さが両肩にのしかかっている。
今の私は、リリア・デグーリュではなく、ミグルドの使者。そして、アイラディーテにとっての私は、予言の石碑に記されているかもしれない存在。
一歩謁見の間に踏み入れれば、重圧に息がしにくくなった。それでも前へと進めば、数段高いところに王座があり、両陛下が座っておられた。王様の脇には宰相と軍務卿も控えている。
まさか、こうやって再びアイラディーテに戻るなんて……
他には近衛兵の姿しかなく、内密な謁見という位置づけなのだろう。王座近づき、挨拶をというところでアイラディーテの挨拶であるカーテシーをするか迷ったが、ミグルド式に胸に手を当てて立礼した。今の立場がミグルドの使者であり、服装も膝上のスカートに長いブーツというカーテシーに不向きなものだったからだ。
私の隣に立つヴァネッサ様は王族という立場もあるからか、胸に手を当てただけで頭は下げなかった。
「リリア殿、ヴァネッサ殿、この度はよく参られた。本来であれば歓迎の式典をするところだが、火急のことだったからな。またの機会にしよう」
王はゆったりと落ち着いた口調で話を始めた。第二王子の婚約者としてその傍に控えたことはあっても、こうやって面と向かい話したこと数える程度だ。話したといっても二言三言だけで、周りの冷たい目に俯いて震える声で答えるのが精いっぱいだった。
それが、今は顔を上げて堂々と向かい合える。
「陛下も、王妃様も、皆様ご健勝ことお喜び申し上げます。そして、この度は突然の訪問をお許しください」
「かまわぬ。して、リリア殿は息災であったか。魔王に連れ去られてから、身を案じておった」
婚約破棄の上に国外追放をされ、予言も関わっていると知った今では白々しいとも、寒々しいとも取れる言葉だけど、王様は本心から言っているようだった。私に思惑まで読み取る能力はないため、好意的な言葉として受け取る。
「お気遣い痛み入ります。その後何不自由なく過ごし、文官の一人として働いております。ミグルドはこちらと風習が異なるところもありますが、魔族の方たちは皆よくしてくれています」
自然と関りのある皆の顔が浮かんできて、声が震えそうになった。皆の安否は分からないけれど、無事だと信じているし、助けになりたい。
「そうか…………。それで、今回はどのような用件であろうか」
アイラディーテの中枢が今回のミグルドでの反乱を把握していないとは考えにくいため、こちらの出方を伺っているのだろう。ヴァネッサ様と視線を交わし、私は王たちを見上げると一歩前に出た。
「現在ミグルド王国では王族たちによる反乱が起こり、魔王は王都からケヴェルンという町に移って抗戦しております」
「そうか、それは民にも混乱が生じ、大変であろう。しかしそれはミグルド王国の問題。むろん、お二方が亡命を希望するというならば喜んで向かい入れるが」
王を始め、誰も顔色一つ変えない。きっとミグルドの状態を知っているのだろう。隣からは亡命という言葉が気に障ったのか、一瞬殺気が出ていた。
亡命ということで、予言に関わるかもしれない私を手に入れたいのね。
政治の場では一言一言を吟味して答えなくては命取りになる。
「いえ、そのような気はありませんし、これは両国の問題です。なんといっても、この反乱の首謀者には、貴国の第二王子であるルーディッヒ殿下が関わっているのですから」
空気が動いた。王たちの視線が厳しくなった気がする。
緊張感が増し、私は唾を飲みこむ。
さぁ、ここからよ……。なんとしてでも、ゼファル様を助けに行く!
「それは、証拠があって言っているのか? いくら婚約者とはいえ、憶測で物を言うのは感心しないぞ」
「私は二度、殿下をミグルドで見ています。一度目はケヴェルンで、私をアイラディーテに連れ戻そうとしました。そして二度目は反乱の首謀者であるミグルドの王族と轡を並べ、進軍していました。……第二王子の元婚約者である私が、見間違うはずありません」
力強く断言する。証拠はなくても、向こうが知っているならこちらの主張とつながるはず。そして、向こうがどこまで知っているかも図ることができる。
王は何かを考えているのか間を置いた。臣下に尋ねる素振りもみせないということは、情報は全て共有され、決定権は王にあるということだ。
怖い……。
王は狙いを見通そうとするような視線を向けてきている。そこには、決断を下せる冷たさが潜む。喉元に剣を添えられているような、指先一つ動かせない緊迫感があった。




