15.式典で紹介されます
式典は広間で行われた。壇上に玉座が誂えてあって、そこに魔王が座っている。その隣に宰相であるヒュリス様が立ち、進行をしていた。玉座に続く階段の手前にも、一段高くなったところがあり、魔王を守るように横一列に3つずつ豪華な椅子が置かれている。
軍事と内政の長が座る場所だとヒュリス様が説明をしてくれた。魔王に向かって左側が官服姿のことから内政、右側が軽鎧と鍛えられた肉体から軍事だと分かる。軍事の椅子が一つ空いていて、広間で合流したシェラに小声で尋ねると、将軍の一人で北の平定に行ったらしい。
ふ~ん。この国もまるきり平和ってわけではないのね。
詳しいことは聞かなかったけれど、将軍たちの顔つきからしても争いごとが身近な気がする。
そして、5人の向こうに他の高官や兵士など、式典の参列者が大きなドアの手前までびっしり集っていた。
圧巻という言葉がふさわしく、玉座に深く座り配下を見下ろしている魔王は、なるほど上に立つ者の威厳が備わっていた。何度かこちらに視線を飛ばしてはきているけれど……。
そんな様子を私がどこから見ているのかというと、玉座の隣に立てられた衝立の奥だ。先ほどからは勲章の授与が始まっていて、美しい文官の女性が勲章をヒュリス様の元へと運んでいる。魔王様は授与者に声をかけていた。
そうして式典は進んでいき、最後を締めくくる魔王の演説へと入る。玉座から立ち上がった魔王は、よく通るきれいな声で語りかけていた。不思議なくらい引き込まれる。内容は、在位5年という節目を迎えるにあたっての感謝と変化についてだった。
「この5年、俺は人間との友和政策に力を入れてきたのは皆もよく知っていると思う。境界の町ケヴェルンの発展は目覚ましいものがある。内政では人間研究部を置き、近年では食、衣服分野での貢献が著しいのは言うまでもない」
魔王の演説を聞きながら、衝立の隙間から参列者の服装を見ると、確かに何年か前に国で流行ったデザインもあることに気付く。もともと魔族の伝統的な衣装を知らないから比較もできないけれど、人間との差をあまり感じなかったのは服の影響も大きいのかもしれない。
そんなことを考えていたら、いよいよ私の出番がやって来た。魔王は一度私に視線を向けてから、言葉を続ける。
「そして、今後さらなる人間研究の発展のため、客人を迎え入れることにした。紹介しよう」
一瞬のざわめきの後、シェラに背を押されて私は衝立から出た。一斉に視線を向けられ、刺さっているような気がする。濡れ衣を着せられ、婚約破棄を突きつけられた夜会よりも、圧がすごかった。
魔王の隣に立てば、ヒュリス様は一歩引いて私の右側についてくれた。
「アイラディーテ王国から来た、リリアだ」
紹介に合わせて、私が貴族の挨拶であるカーテシーをすると、「おぉ」とどよめきが走る。
この国ではカーテシーの挨拶はなく、女性も男性と同じように胸に手を当てて頭を下げるだけらしい。だから、シェラからはあえてカーテシーで挨拶をするようにと勧められた。
悪くない反応だわ。侮られるよりはましだもの。
私は堂々と見えるように胸を張り、会場を見回す。口々に「人間だ」「本物だ」と呟いていた人たちは、魔王が手をあげるとすぐに静かになった。別人のふるまいで、端正な顔と張りのある声がいい仕事をしている。
「今までも国外に出ていた人間を招き情報を得ていたが、ささいなものばかりだった。だが、リリアは貴族の社会に身を置き、王家とも関りがあった人物だ。それゆえに、人間研究部の顧問として我が国の発展に寄与してもらうことにした」
私の所属が発表されると遠くの方できゃぁと歓声が上がって、そちらを見れば女の子たちが手を取って喜んでいた。たぶん、あれは悲鳴じゃないと思う。不思議に思ったのが顔に出たのか、ヒュリス様が小声で教えてくれた。
「あそこにいるのが人間研究部の人たちです。なかなか人間に会う機会もなかったので喜んでいるのでしょう」
気分は珍獣だ。
会場全体はおおむね好意的だと思うのだけど、手前の椅子に座っている5人は値踏みをするような目で私を見ているから気が抜けない。気を抜いたら食われる気がして、私は表情をひきしめた。
そして、魔王は一呼吸置くと先ほどとは違い覇気がこもった声で言い放つ。
「リリアは俺の庇護下に入っている。リリアを軽んじたり、傷をつけたりすることがあれば、処断されることを胸によく刻め」
「はい!」と大音声が響き、兵士たちは敬礼をする。見事な統率力に、思わず「すごい」と呟いてしまった。ちらりと見た魔王はご満悦で、あなたを褒めたわけじゃないと言ってやりたくなった。
だがその時、肌をチクリと刺すような気配を感じて視線を動かす。微かな敵意。今までの経験から敏感に感じ取れるようになったそれの出場所を探すけれど、歓声に呑まれて消えてしまっていた。
まぁ……快く思わない人もいるわよね。
突然現れた、しかも人間だ。私は気を引き締め直し、もう一度カーテシーをした。この後はヒュリス様が話を引き継ぎ、私は下がることになっている。あまり注目を集めても困るので、簡単な紹介に留めるらしい。
ヒュリス様が一歩前に出ると、参列者たちの視線がそちらを向く。
「我が国が始まって以来、初めて人間を国の中枢に招き入れたことになります。人間と魔族の争いの歴史は長く、中には快く思わないものもいるでしょう。しかし、彼女は魔王様に二度も膝をつかせた実力者ですので、軽はずみな行動は控えるように」
柔らかな口調で語られた内容に、本日最大のどよめきが起こった。私も内心叫ぶ。観衆の目が無かったら、目を剥いてヒュリス様に顔を向けていたと思う。
えぇぇぇ!? 魔王様に膝をつかせたって、まさかあれ!? 友達になってって言われたのと、ひっぱたいたやつ!?
膝をつかせたの意味が違うのに、配下たちの私を見る目が明らかに変わった。しかも椅子に座る5人は興味津々といった感じで、獲物を前に舌なめずりをする肉食獣に見えてきた。気分は吊るされた肉だ。
「ちょ、ちょっとヒュリス様?」
訂正してほしくて、小声でヒュリス様に訴えかけるけれど、涼しい顔で微笑を返された。
「事実でしょう? 魔王様」
「まあ、リリアに敵わないという点では間違っていない」
さらに、魔王が苦々しそうな表情で否定しないものだから、「人間って強いんだ」「最強か」なんて、私=魔王より強いって位置づけられた。
いや、魔王の強さを知らないけれど、高度な空間魔術をぽんぽん使える人に、火の玉もまっすぐ飛ばせない私が勝てるはずがないよね!?
思いっきり否定したいけれど、これが自分を守ることにつながるって分かるから何も言えなくて、ひきつった微笑でごまかすしかない。
さっさと退場しようと思ったところに、「それもありか」と魔王の嫌な呟きが聞こえる。思わず視線を向けたら、にんまりと口角を上げていた。
「皆のもの! 魔族の明快な価値は強さ! リリアは俺が認めた人間だ。喝采で迎えよ!」
次の瞬間、鼓膜が破れるほどの大歓声が押し寄せ広間が揺れた。声、拍手、兵士たちは足踏みもしていて吹き飛ばされそうだ。想定とは全く違う迎えられ方に、意識を飛ばしたくなった。
い、い、いやぁぁぁ!
そこから、式典が終わるまでの記憶は曖昧だった。