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149.ロウの決断

「え?」


 急にさっきまでと言っていることが変わったから、目を吊り上げてしまった。まさか心変わりかと一瞬疑ったけど、ロウの射抜くような視線に考えを打ち消す。心が揺らいでいる人の顔ではない。


「リリアにしかできないことがあるように。私にしかできないこともある」


 そう前置いたロウは、楽しそうに口角を上げた。まるで狩りを楽しむ獣のような、背筋にゾクリとしたものを感じる笑み。その表情には覚えがある。


「何、するつもり?」


 絶対に、私では考えつかないろくでもないことのような気がしても、訊くしかなかった。


「父に、代がわりの決戦を申し込む」

「代がわりの、決戦?」


 その言葉は知っている。魔王に不服があるなら、それを申し込むことで決闘ができると。勝てばその座につくことができると聞いたから、ロウの場合はバスティン家の家督の座だろう。ロウの言っていることは分かっても、意図は読めない。


「あぁ、戦力差は先ほど殿下がおっしゃった通り。援軍が来なかった場合、事態を打開するのはさらに難しくなる。そうなる前に、反乱軍の一角を崩す」

「そんなことできるの?」

「するさ。父は古い、魔族の掟が服を着たような人だ。代替わりの決戦を挑まれれば拒むことはできない。そこで私が勝てば、まとめる者がいなくなった過激派は弱体化する」

「いや、勝てるの!? 軍務卿は熊みたいな人じゃない。この間、やられてたでしょ! それに、ロウが勝っても過激派が止まらないかもしれないじゃない!」


 たやすく言ってのけるが、軍務卿は誰もが認める武人だし、息子だからと手を抜く人ではないのはこの前頬を赤く腫らしていたことからも分かる。無謀に思えるから全力で止めているのに、馬鹿にするなと鼻で笑われた。


「この私が勝算もなく口にするとでも? この前はあと一歩のところだった。持久戦に持ち込めば、百に一くらいは勝てる」

「勝率低すぎるわよ!」

「それに、過激派が止まらなくても、対抗手段は他にもある」


 必死になっている私に対して、ロウはどこまでも涼しい顔。余裕のある態度に、もしかしていけるの? と思ってしまうが騙されてはいけない。だって、私はこの男が普段の言動からは想像できないほどの狂気を腹に持っていることを知っている。


「対抗手段って何よ」

「なぜナディス殿下が王都を過激派に任せて、自身は全軍連れてケヴェルンに向かったか分かるか?」


 質問に質問で返されてイラっとするが、言い返しても無駄だと分かっているので大人しくロウの流れに乗る。


「そりゃ、ゼファル様がケヴェルンにいるからでしょ?」

「当然それもある。だが、勝った後の統治を考えるなら、いくらか軍は残して王都を押さえておいたほうがいい」


 それはたしかにそうだ。王都を支配しておけば、第一王子よりも有利になる。悔しいけれどここは頷く。


「それをしなかったのは、できなかったからだ」

「なぜ?」

「この先、反乱軍にとって脅威となるのは、ケヴェルンの軍でも、姫将軍の騎士団でもない。王城や王都にいる、人間に友和的な兵士、そして民だ。城にはまだ多くの人が残され、王都の人口は10万に上る。それが一斉に武器を取れば、抑え込める戦力は反乱軍側にはない」

「ロウ……まさか」


 その先を想像してしまい、寒さから鳥肌が立った。私は5万の援軍を口にしただけで震えたのに、ロウは10万の、それも民の命を平気そうな顔で手札に加える。それが軍人だと言われればそれまでだけど、私はその数字に一人一人の顔を見てしまった。


「あぁ、王都に対抗勢力を作り上げる。……そんな顔をするな。どの道、反乱軍が勝てば王都の友和派は粛清なり弾圧を受ける。その時に抵抗できるようにしておくだけだ」


 ロウは聡明で、軍を率いる者としても才能があるのだろう。私よりもはるかに遠くを、未来を見た上での判断だと分かるから、反論する言葉は出なかった。だけど、ひっかかる。


「なんで、そこまでするの……? ロウは別に、友和派ではないでしょ?」


 仮に友和派でも、それを思い付き実行に移そうとする人がどれだけいるか。正義感や魔族の矜持を挙げても、動機には足りない。


「理由……か」


 低い声で呟いたロウの口角がニィッと上がった。


「私の野望を覚えているな?」


 まっすぐ向けられている瞳には狂気が潜んでいて、聞かされた時の衝撃が蘇る。彼と料理を食べながら、秘密という情報の取引をした時のことだ。その始まりを、一言一句違わずに再現する。


「――歴史に名を残したい」


 少年が目を輝かせて叫ぶような夢想。それだけであれば、かわいいところもあると笑って済ませる。だけど、続きがある。それが、彼が口にするのも憚られるとした理由。その続きは、本人が引き継ぐ。


「あぁ、バスティン家のロウではなく、ロウ・バスティンとして、未来の誰もが知っているような人物になりたい。それがたとえ悪名でも構わない。名を残すためなら……国を滅ぼしたくなるほどだ」


 再び悪寒が走る。


 自己顕示欲なんていう一言では言い表せない。狂気に満ちた野望。それを訓練で日に焼けた利発そうな青年が言うのだ。一瞬聞き間違いかと疑ってしまうだろう。耳にするのは二度目でも、すぐに受け入れられない。


 ロウの目が光っている。少年のような眩しさではない。肉食獣のような獰猛さだ。その目には狙うべき標的が見据えられている。


「過激派を止めても、友和派をまとめても、歴史に名を残すでしょうね」

「そうだ。だから私は私の道を行く」


 何を言ってもその意志は変わらない気がする。だから私にできるのは、いつものように張り合うことだけ。胸を張り、大きなものを背負う者として彼の前に立つ。


「なら、せいぜい頑張って。私の名前に添えられる程度でしょうけど」

「笑わせるな。私の記述で埋め尽くしてやる」


 素直ではない互いへの激励。私たちの道は、どちらも一歩踏み外せば死が待っていて、道の上には数多の命がある。ロウの覚悟を決めた目から、視線を逸らすことはできなかった。


「あぁ、そうだ」


 そろそろ行こうとしたロウは、先ほどまでとは打って変わった軽い調子で右手の手袋を外しだした。


「この指輪を貸しておいてやる」

「え?」


 本当に思いつきのような行動についていけなくて聞き返してしまった。手袋が外された右手には、見覚えのある指輪が二つ。


「私よりはお前のほうが必要だろう」


 そう言って外したのは中指に嵌る藍色の宝石がついた指輪で、以前教えてもらった効果が頭によみがえる。


「幻術無効の指輪……」

「あぁ。第二王子はリリアに固執しているからな。姿を変えて忍び込んでくる可能性が高いだろう」

「それはそうだけど、本当にいいの? 家宝でしょう?」

「背く家の家宝など知ったことか」


 ロウは鼻で笑うと、手袋を外した右手で私の右手を取った。温かいと思った次の瞬間には、人差し指に指輪を嵌められていた。大きかった指輪は魔法の力ですぐに丁度いいサイズになる。


「あ、ありがとう……」


 なんだか照れくさくて、すぐに手をひっこめた。ロウの顔が見られない。


「気にしなくていい。魔王様への嫌がらせも兼ねているからな」

「ロウ!」


 思わず見上げた瞬間、視界に映った彼の表情が思いのほか寂しげで、胸がチクリと痛んだ。唐突に、これが最期かもしれないのだと思ってしまった。途端に、貸された指輪の重みが増す。


 ロウは視線を落とすと別れの言葉もなく踵を返し、一歩を踏み出した。遠くなる背に、何か言葉をかけたくても何も出てこない。激励も、引き留めも、彼は必要としていないと思ったから。だから、胸の内に渦巻く不安と寂しさも言葉にはしない。


 ロウ、絶対生きて。また……。


 私だってどうなるかわからない。それでも、彼の無事を願いたかった。憎まれ口をたたきあえる友人として。


 ロウはドアを開けると、肩越しに振り返った。私の顔を見た彼は、少し驚いた顔をした。きっと、今にも泣き出しそうな顔をしているから……。そして、ふわりと宥めるような笑みを見せた。「しかたないやつだ」と呆れた声が聞こえた気がする。


「リリア」


 声は今から戦いに赴くとは思えないぐらい優しい。



「またな」



 道を分かつ扉が、重い音を立てて閉まった。


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