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147.将軍として

 ヴァネッサ様がいる北の離宮が視界に入ったところで、守りの小部屋を解いた。突然現れると警戒されると考えたのと、王都から離れれば過激派と遭遇する可能性は低いからだ。離宮に近づけば一騎武装した女騎士が駆けて来て、私の顔を見るなり驚いてすぐに手で何かの合図を離宮に送っていた。そして、簡単に要件を尋ねられただけで、すぐに中へと案内されたのだった。


 離宮の訓練場にも離宮内にも武装を固めた女騎士たちが待機していて、誰もが驚いた表情を見せていた。それは私だけでなく、後ろを歩くロウにも向けられている。それほど、人間である私と王都過激派であるロウ・バスティンがここにいることが不可解なのだろう。


 だけど、こちらも驚いたのは騎士たちに交じって、人間がお仕着せを着て働いていたことだ。中には軽鎧に身を包んでいるものもいた。


 前に離宮を訪れた時にはいなかったわよね……。


 明らかな変化を尋ねたいが、とてもそんな雰囲気ではない。そして、一階奥の重厚な造りの扉の前に案内され、その扉が開いた瞬間。視界に赤が広がった。


「リリアちゃん! 無事でよかったわ!」


 視界が塞がれ、顔が何かに埋まる。抱きしめられたと気づいたのは、数秒経ってからだった。


「ヴァネッサ、さま」


 声がくぐもり、離してほしくて身じろげば視界が明るくなった。息をつく間もなく顔を両手で挟まれ上を向かされる。そこには、眉を下げて安堵の表情を浮かべるヴァネッサ様がいた。


「まだ信じられないわ。どうしてここに? ケヴェルンに行ったんじゃないの?」


 ヴァネッサ様は鎧を着ていないものの、腰に剣を下げていた。部屋の中には武装を固めた女騎士が二名いて、戸口で待機している。警戒態勢が敷かれていた。


 両頬を包んでいた手は顔の輪郭を確かめるように指が滑ると、肩、腕と無事を確かめるように触れていく。


 その温もりが張り詰めていた心を少しほぐしてくれ、私はヴァネッサ様の灰色の瞳を見つめたまま現状を説明する。


「実は、ゼファル様に置いて行かれたんです」

「はぁ!? 大事なリリアちゃんを? なにやってんのよ!」

「たぶん、連れて行くより安全だと思ったんだと思います」


 時間が経ったからか、私は落ち着いて話をすることができていた。守りの小部屋の術と、反乱が起きた時の状況を説明すれば、ヴァネッサ様は低く唸った。


「理解はできた……。それで、ロウ・バスティンがいるのね」


 ヴァネッサ様は私の後ろにいるロウを一瞥してから、私に微笑みかけた。


「ここに来たのなら、もう心配はいらないわ。私たちが守るから」


 安心させようとしてくれているのだろう。ヴァネッサ様の声は優しく、それでいて力強い。言葉通り、戦力を考えても、政治的立場を考えても、ここなら心配はいらない。ゼファル様が望んだように、ひっそりと危険から遠ざかるならここが一番だと思う。だけど、そんなことできないから、私は静かに首を横に振ってヴァネッサ様の顔をまっすぐ見つめる。


「違うんです。私、逃げてきたんじゃありません。力を貸してほしいんです」

「……どういうこと?」


 ヴァネッサ様は一瞬怪訝な表情をしたけど、すぐに将軍の顔つきになった。それはつまり、私の頼みを検討する構えに入ったということで、嫌でも緊張が高まる。私は高等な交渉術なんて知らない。だから、今思っていることを言葉にする。


「私、ゼファル様を助けたいんです。そして、魔族と人間が争うことになるのを止めます」


 大きな声でなくても、ゆっくり、一言一言に思いを込めて話す。先ほどロウと思い至った最悪の展開を説明しようとしたら、ヴァネッサ様が息を吐いて渋い声を出した。


「魔族と人間……そこまで見えているのね。それで、リリアちゃんは何をするつもり?」


 ヴァネッサ様もこの反乱の先が分かっていたのか、表情が陰った。認識が同じなら話が早い。問われた私は、息を吸って訴える。


「アイラディーテに行って、援軍を頼みます」

「……アイラディーテから、援軍?」


 ヴァネッサ様は驚かなかった。一言一言吟味するように呟き、腕を組んだ。視線を落とし考えに集中している。


「その目的は?」

「アイラディーテが援軍に来れば、人間は敵ではなく、過激派という共通の敵を持つ味方になります。この援軍は早さが命なので、アイラディーテまでペガサスをお借りしたいのです」

「なるほど……」


 一言そう返したヴァネッサ様は熟考を続ける。その沈黙は長く感じて、不安になって後ろにいるロウを振り返れば、ただ頷きを返された。自分でやれということなんだろう。


 そして、顔を戻せばヴァネッサ様の灰色の瞳と目があった。そこには何の感情も映っておらず、将軍としての冷静さだけがある。


「成功可能性はどれくらい?」

「絶対とは言えませんが、アイラディーテにはミグルドとの戦争に耐えられるほどの戦力も備えもありません。戦争は回避しようとするかと思います」

「王子可愛さに戦争に踏み切られたら?」

「その時は守りの小部屋で逃げて、ゼファル様のところへ行くだけです」


 そう言い切れば、ヴァネッサ様は表情を変えずにゆっくりと私とロウの間で視線を行き来させた。


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