146.一縷の望み
「はぁ!? アイラディーテにって、お前が行ったところで戦争は止まらないぞ」
「止めてみせるわ!」
間髪入れずにそう言い切れば、私の剣幕に押されてかロウは驚いた表情で口を閉じた。目に力を入れ、先程思いついたことをまとめ、言葉にしていく。
「私は、リリア・デグーリュ。伯爵家の娘で、第二王子の婚約者だったのよ。名目だけだったとはいえ、王や王妃、国の中枢とは面識がある。この反乱工作が第二王子の独断だった場合、まだ回避する道がある」
話を聞くロウの顔は険しいものになり、頭の中で実現可能かを検討しているのだろう。
「……どうやって?」
見極めるような鋭い視線を向けられ、私は唾を飲みこんだ。ここで認めてもらえないと、先には進めない。一呼吸入れて心を落ち着かせる。
「援軍を頼むわ」
「……援軍?」
ロウは怪訝な顔をしている。一体どこに援軍なんて頼めるのかと言いたげで、私はここからが正念場だと両拳を握った。
「そう。あの馬鹿のせいで、魔族と人間が対立するなら、共通の敵を作ればいいのよ」
「まさか」
頭の回転が早いロウは、私が何をしようか思い至ったらしい。信じがたいようだが、それは私も同じ。上手くいくかなんて、欠片の保証もない。だけど、やるしなかない。
「アイラディーテに、反乱軍を討つために援軍を出させる。現状、アイラディーテに魔族と戦争をして勝てる戦力はないわ。だから、構図を変えるの。魔族と人間の友好を乱そうとするものに対して一緒に戦う。そうすれば、人間は敵ではなく、味方になるわ」
ロウは顎に手をやり、熟考しだした。沈黙が続く。それは審判が下る前のような緊張で、ロウの反応を固唾を飲んで待つ。
そして視線を落としていたロウと再び目が合った時、彼の口角がニヤリと上がった。
「悪くない。外から援軍があれば、中の魔王軍と挟み撃ちにもできる。何より、やつらの目論見を狂わせられる。だが、可能か? アイラディーテがすでに軍勢を侵攻させているかもしれないぞ」
「そうなったら、元通りゼファル様のところへ行くだけだわ。守りの小部屋に入れば逃げられる」
「なるほど。奇抜な発想だが、それぐらいでないとこの状況は打破できないか」
話すことで考えがさらに明確になっていく。何よりロウの同意が得られたことが、心強かった。そのロウはまた考え込むと、「だが」と声を落とす。
「問題は日数だな。開戦が一か月後と見積もっても、それまでに援軍が間に合うかどうか。ここからアイラディーテまでは、馬でどれだけ急いでも二週間はかかる」
「そこから説得して、軍備を整えて進軍しても……」
「一か月以上はかかるだろうな。ケヴェルンがすぐに落ちるとは思えないが」
厳しい問題だ。援軍の交渉が長引けばそれだけ、ケヴェルンが、ゼファル様が危うくなる。それに、軍備を整え援軍が到着するまでの時間は、私には測れなかった。もし間に合わなかったらと、急速に不安が広がる。
これが最善の方法? 他にもっといい方法はないの?
胸のざわめきが収まらず、俯く私の耳に「ならば」と芯のある声が届く。
「行くぞ」
その声に迷いはなく、軽々と馬に乗ったロウの手が、私へと伸びてきた。グズグズするなと目で急かされ、その手を取り鐙に足をかければ馬上に引き上げられる。鞍の持ち手を掴み、何とか体を安定させたと同時に腰を引き寄せられ、短く悲鳴を上げた。背中に固い鎧が当たる。
「飛ばすぞ。しっかり掴まっていろ」
ロウは私を左手で抱え込み、右手だけで手綱を握った。方向転換をし、勢いよく走らせる。
「ちょっと! どこ!」
揺れが激しく、抗議しようとすれば舌を噛みそうになったので黙るしかない。だけど、さっきまでと向かっている方向が違う気がして、顔だけ後ろに向ける。
「北の離宮だ。速度が命だからな。姫将軍の助力を仰ぐ」
短い返答。ロウは前だけを見ていて、私は顔を前に戻した。
ヴァネッサ様は、たしか中立だって……。協力してくれるかしら。
全く知らない仲ではないけれど、ヴァネッサ様の行動は読めない。あの威風堂々とした、鋭い視線の前に立つと考えると、手に汗が滲む。
「リリア、お前が話せ」
「……わかった」
私が、話す。そうよ、私がやらないと。協力してもらえるように、交渉する。
怯んだ自分を叱咤して、深呼吸をした。
ヴァネッサ様は人間は嫌いだとおっしゃったけど、話に筋が通っていれば耳を傾けてくれるわ。兄弟が争うことになったのだもの。何も思っていないわけがない……。
北の城門を抜け、舗装された道を駆ける。軍勢とも、ケヴェルンとも、アイラディーテとも真逆の方向。私は覚悟を決め、持ち手を握る手に力をこめた。




