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144.どう転んでも地獄

「ルーディッヒ!? お前の元婚約者の馬鹿か!」


 さすがの記憶力というか。前に話した元婚約者の名前までしっかりと憶えていたらしい。ロウも驚いているようだけど、私の衝撃はさらに上をいく。


「意味が、分からない……。国に帰ったんじゃなかったの?」


 馬上の二人は時おり笑みを浮かべながら何かを話しているけど、ラッパの音がかき消してしまって内容は分からない。ロウの声がなんとか聞こえるぐらいだ。


「一度ここを離れるぞ」


 ロウは身を屈めると私の耳の近くでそう告げ、馬を反転させた。ラッパの音と足音が遠ざかるけれど、あの馬鹿の顔が頭から離れない。


 あいつ、今度は何を考えてるの? 


 ケヴェルンで魔族への嫌悪を露わにしていたのに、その魔族の中にいることが信じられない。


 待って? まさかこの反乱、あいつが焚きつけたなんてことないわよね


 あいつは基本的に馬鹿で考えなしのところがあるけれど、人が嫌がることを考えるのだけは長けていて、狡猾なところがあった。魔族の、しかも王族が代替わりの決戦を挑まずに蜂起することがありえないことならば、考えられる可能性は一つ。


 でも、あいつの言葉一つで王子二人が反乱を起こす? そんなはずがない。絶対何か他にあるわ


 言い知れぬ不安が背中を這いあがって来て、体を絡め取られているような錯覚に陥る。


「リリア」


 ロウの声にハッと我に返ると、すでにラッパの音は聞こえず、住宅地の広場に来ていた。生活の場なのに人はおらず、息を潜めているようだ。

 ロウは馬を止めていて、私は不思議に思って振り返る。


「どうしたの? 早く行かない……と」


 目が合ったロウの表情は苦渋に満ちていて、ゾワリと悪い予感が確信に変わる。ロウは馬を下り、私も手を取られて下ろされる。進むどころではないということだ。

 ロウは私の正面に立ち、大きな壁が立ちはだかったようだ。それだけ、話の内容が重いことになる。聞きたくないけれど、それは私も話したいことで。鼓動がずっと早いままだ。


「リリア、もうこれはケヴェルンに行って反乱鎮圧に加勢するだけで済む問題ではない」

「あの馬鹿が噛んでいるから?」

「あぁ……発端はそいつの入れ知恵だとしても、そもそも魔王の座を狙っている王兄殿下たちが協力するわけがない。つまり、裏がある」


 私が気づいているぐらいだから、ロウはその先を見通しているのだろう。その赤い瞳には一瞬ためらいが浮かんだが、一呼吸入れると口を開いた。


「父上はどう転んでもと口にされた。つまり、反乱の結果がどうであれ、バスティン家の宿願は果たされるということだ」

「……人間の、王族への復讐?」

「あぁ。これは私の憶測だが、父上はアイラディーテの第二王子が背後にいることを知っていたのだろう。でなければ、あの厳格で魔族の掟が服を着ているような父が反乱に加勢するはずがない」


 あの軍務卿がそういう性格なのは、私に結婚を申し込んだと言ったロウが鉄拳を受けていたことからも想像に難くない。だけど、この状況が軍務卿の利になるということがまだ見えてこなかった。


「おそらく事が終わった後の第二王子の処遇を密約しているのだろう。それに、もし魔王側が勝っても、第二王子は無事ではすまないし人間との友和政策など言ってられなくなる。アイラディーテは滅亡の危機に陥るだろうな。ルーディッヒが唆したことで」


 急に強い言葉が飛び出してきて、私は言葉を返せなかった。追放された国でも、生まれ育った場所だ。滅ぶと言われれば胸もざわつく。


「それって……どういうこと?」


 絞り出すようにそう訊けば、ロウは厳しい表情のまま口を開いた。その目だけが、私を気遣うように優しい。


「反乱を起こした勢力は、第一王子、第二王子、そして王都の過激派だ……。これらに共通するものが何か分かるか?」


 そう問われて浮かぶのは、何度も聞いた言葉。


「アイラディーテへの、侵攻……」

「そうだ。今回の反乱が成功した場合、どちらが王座についても間違いなくアイラディーテを攻める。ルーディッヒを口実にしてな。アイラディーテの第二王子が我が国に乱を起こさせた。国土に攻め入った。民間人を虐殺した。戦時中だ、いくらでも理由は作れる。敵国の第二王子など邪魔でしかないからな。さっさと処分するだろうさ」

「そんな! でも、魔王様が勝てば穏便に収められるんじゃないの!?」


 ゼファル様は第二王子が唆したからって報復に戦争をしかけるとは思えないし、アイラディーテとだって上手く交渉してくれそうだ。だから大丈夫と自分に言い聞かせるように、心の中で呟くけれど、ロウが首を横に振ったことで容易く砕かれる。


「いや、無理だ。戦争を始めるのは何もこちら側だけではない。魔王様が勝っても、第二王子は処刑を免れないだろう。自国の王子が処刑されれば、アイラディーテも黙ってはいられない。十分宣戦布告する理由になる」

「……だから、どちらに転んでも」


 反乱勢力が勝てばルーディッヒを口実にアイラディーテに侵攻し、魔王様が勝てばルーディッヒの報復として宣戦布告をされる。その結果はどちらも戦争だ。

 どちらも地獄で、目の前が真っ暗になった。


「どう、すればいいの……?」


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