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142.軍務卿

 ロウに先導されて歩く城は、不気味なほど静かだった。ロウは廊下を曲がる前、ドアを開ける時は必ず先を確認していた。時には引き返し、何もないところを進む。人気がない意味を考えると恐ろしい。その空気に耐えられなくて、私は口を開いた。


「ねえ、この先は軍部よね。馬はそこに?」

「あぁ、それもあるが、先に報告を済ませなくてはいけない。お前はどうする? ここで待っていてくれてもいいが」

「……行くわ。敵の情報は、多く手にしたいもの」

「上等だ」


 王都の過激派は、軍務卿であるロウの父親が旗頭になっている。軍部を拠点とするのも当然で、奥に進むにつれ怪我をして廊下に座り込んでいる兵士たちが見えてきた。彼らはロウが目に入った途端、立ち上がって敬礼をする。


「いい、ゆっくり休め」

「はっ!」


 ロウは彼らを一瞥すると、前へと進んでいった。廊下の壁には切り傷、木の床には赤黒い血だまりや、引きずって擦れた跡がある。生々しい戦闘の爪痕に胃からすっぱいものがこみ上げてきた。息を止め、喉を絞める。


 決定的なものがないのは、片づけられたのか、治療されているのか、囚われているのか。襲撃からさほど時間が経っていないはずなのに、制圧後の処理が進められていた。


 極力前だけを見ていると、行く先に軍部の中心である軍務卿の執務室が見えてきた。入ったことはないが、周りより一回り大きなドアと、両脇に立つ兵士の姿が目的地であることを示していた。


「ロウ殿がお戻りになりました!」


 ドアが開けられ続いて入れば、正面に鎧を着こんだ大男が立っていた。白髪が混ざった灰色の髪に赤い目はギョロリとしている。その後ろ、普段はそこで執務をしているだろう重厚な机には大斧が立てかけられていた。


「戻ったか。人間の女は魔王と共にケヴェルンへ行ったようだな」


 長年大声を出したもの特有のしゃがれた太く低い声は威圧感がある。


「居住区をくまなく捜索しましたが発見できませんでした。声明から推測するとそうなるかと」

「大事な物を抱えてさっさと逃げたか」


 軍務卿は鼻で笑い、窓の外に視線を向けた。


「ナディス殿下は、ケヴェルンに侵攻するそうだ。我らに留守番を命じてな。ガラン殿下もケヴェルンに向かわれると、手の者から報告があった」


 話の流れからすると、ナディスが第二王子で、ガランというのが第一王子なのだろう。軍事演習が行われるはずだった平原が、本物の戦場となったと考えると胸が痛む。


「殿下は我らを信用していませんからね」

「それはお互いだろう。この蜂起は気に食わん。魔族の誇りを踏みにじった戦いに何の意味がある」


 彼の口調からも感じていたが、第二王子と王都の過激派との間には溝があるようだ。


 ここでふと、もう一人の名前が挙がっていないことに気付く。


「姫将軍の動きはどうなっておりますか」


 考えを口に出してしまったのかと錯覚するほど、ロウが私の疑問をそのまま言葉にしてくれた。


「北の離宮から動く気配はない。五年前の継承戦にも不参加だったが、今回は動くに動けんというところかもな。中立を保たれるだろう」


 ヴァネッサ様……ゼファル様のほうについてくれないかしら


 今は味方が一人でもほしい。期待を胸に軍務卿を見ていると、顔を戻した彼のギョロリとした目線が通り過ぎ、目があったわけでもないのにドキリとする。あの大きな目は、視線が合っていなくても見られているように感じるのだ。


「なんにせよ、これで我がバスティン家の宿願は果たされる」

「それでは王兄殿下のどちらかが王座に就けば、アイラディーテへ侵攻されるのですか」

「どう転んでもな」


 軍務卿は含みのある笑みを浮かべると、顎でドアを指した。「行け」ということなのだろう。


「お前が人間を伴侶にと言い出した時は何を血迷ったかと思ったが、その女が予言に関係するのなら話は別だ。我がバスティン家の利になるよう動け」


 自分が話題に上がり、肩がビクリと跳ねる。人間への敵意を隠さない軍務卿に、睨まれているわけでもないのに背筋が寒くなった。


「王子にはああ言われたが、ここで指をくわえて待っているつもりはない。出陣の準備を整えておけ」

「かしこまりました」


 ロウは淡々とした口調で頭を下げるだけで、その表情はうかがえない。振り向いたその顔もいつもと同じ涼しげなもので、私はそっと彼について部屋から出た。ドアが閉まった瞬間、緊張を息と共に吐きだす。


 ロウは私に一瞥もくれず、ドアを守っている兵士に声をかけた。


「馬の準備をしてくる」

「かしこまりました!」


 ケヴェルンまで行く馬だろう。前にゼファル様とケヴェルンへ行った時は馬車でゆっくり向かって一週間かかった。


 ゼファル様、どうか無事でいて。


 ロウが前を行く。私はその後を、落ち着かない心を引きずるように歩き出した。  


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