139.裏切り?
目が合ったロウは、信じられないものを見たかのように、目を剥いてすぐさま顔を元に戻した。心臓が飛び跳ねる。
バレた!?
ロウは黒い皮手袋の下に、空間魔術の影響を弱める指輪をはめている。だから彼に守りの部屋による透明化は効かないのだ。
逃げないと!
そう思って廊下に続くドアに視線を向けたのと、兵士が駆けこんで来たのが同時だった。
「殿下! 魔王が声明を出しました!」
金鎧の兄と、ロウの視線が知らせを持ってきた兵士へと向けられる。ドアは兵士によって塞がれ、ロウも近くにいるためそこを通って逃げることはできない。
「声明?」
訝しそうな兄の声。二人の意識が兵士に向けられている隙に、私はバルコニーへとゆっくり近づいていく。ドアがダメなら、ここから飛び降りるしかない。二階だけど、子どものころは木の上から飛び降りたこともある。
ちらりと外の高さを確認していると、兵士が上ずった声で報告をする。
「魔王は王城が過激派による襲撃を受けたことを公表し、ケヴェルンを拠点として抗戦すると」
ケヴェルンに?
ゼファル様の情報に、つい顔をそちらに向けてしまった。
「分が悪いと悟ると尻尾を巻いて逃げたか。となると、女もそこに……」
金鎧は顎に手をやり思案すると、口角を上げて残虐な笑みを浮かべた。
「ちょうどいい。兄上は平野の王都軍の制圧で忙しいだろうし、我が軍でケヴェルンを落とすか。目障りな町も滅ぼせる」
見えているのは横顔だけなのに、まるで凍てつくような目で睨みつけられたように体がすくむ。
兄上ってことは、この人が二番目の兄。上よりマシって聞いてたけど、十分好戦的じゃない!
「ロウ・バスティン。王都の奴らはこの城の反抗勢力を制圧し、我らの凱旋を迎える準備をしておけ。王都で顔色伺いをしていたお前らはそれがお似合いだ。つまらん死に方はするなよ。生き残った者が勝者だからな」
ロウに向けられた視線と声に、侮蔑に近いものが感じ取れる。完全な仲間という様子ではなく、王都の過激派は立場が悪いのかもしれない。
「かしこまりました」
あの一言いえば2,3倍に嫌味を交えて返してくるロウが、ただ頭を下げるだけというのも、その推測を裏付ける。そして頭を下げたロウは視線だけこちらに向けて来て、心臓が跳ねる。
存在をバラされるのかと、バルコニーに続く窓に手をかけた。
「殿下、ご武功をお祈りしております。念のため、引き続きリリアっ……の捜索は致します」
背中で受けたロウの声は私の名前のところだけ不自然に強く、思わず振り返ってしまった。ロウは先ほどのように頭を下げているが、後ろに回された左手の人差し指が不自然に動いている。
……何?
上下に動いていて、その意味を図ろうとしているうちに金鎧が部屋を荒らしていた兵士たちに撤収を命じ出ていった。軍靴特有の固い足音が遠ざかれば、乱雑な部屋に不気味な静寂が広がる。部屋にいるのは、私とロウ。
いつでも逃げられるように窓を少し開き、取っ手を掴んだままだ。
「リリア……頼むから逃げないでくれ」
人気がなくなり、さらに十分時間を置いてから、ロウは独り言のように小さく話しかけてきた。私から視線を外さないまま、忍び足でドアへと近づき素早く廊下を覗く。人がいないかを確認したようだ。
誰もいなかったのかドアを静かに閉めたロウは、身をひるがえすなり駆け寄って来た。
「リリア! 無事でよかった!」
手を広げ抱きしめようとしたロウが通り抜け、勢いを殺せず前につんのめる。
「ちょっとロウ!?」
二三歩たたらを踏んでとどまったロウは、振り返ると安堵の表情を見せた。
「守りの小部屋か。かしこいな」
「ゼファル様が、発動させたの」
状況把握に頭は追い付かないけれど、それだけは伝える。
「そうか……」
上から下にロウの視線が動き、大きく息を吐く。
「怪我も無いようだな……」
ロウは右手をあげ私の肩に伸ばそうとして、途中で下ろす。触れられないことを思いだしたのだろう。その表情と行動から彼を味方と判断するのは十分で、堰を切ったように疑問があふれ出す。
「ねえ、何が起こっているの!? 反乱? 貴方はどうしてここに? 魔王様がケヴェルンにいるって本当なの? シェラやスー、他のみんなや王都はどうなって……」
不安もあって一気にまくしたてた私に、ロウは「ストップ」と手のひらを軽く挙げた。
「落ち着け、今から一つ一つ説明するから」
そう言ってから、ロウは順を追って話し始めた。




