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138.急転直下

「違うの! これはつい出来心」

「守りの小部屋!」


 慌てて手に持っていた日記を背中に隠した瞬間、ゼファル様の手が肩に触れた。私の言葉を聞くこともなく発したのは、よく知っている術の名。体を魔力が駆け巡って、現実の空間と切り離されたのを感じた。


 突然のことに目を白黒させていると、ゼファル様に強く両肩を掴まれた。鬼気迫る表情に飲まれて、言葉が喉から上がってこない。顔が近く、吐息がかかる。


「すまないリリア。何があってもここから出るな。どこにいても見つけるから、それまで隠れていて」

「ゼファル様?」


 声色がかつてないほど緊迫感を含んでいて、ぞわぞわと嫌なものが背中をせりあがってくる。


「もし、俺が見つけるより前に術が解けたら……誰にも見つからない場所で、静かに生きろ」

「え?」


 意味が分からないけど、直感した。ガラス細工が砕け散ったように、後戻りできない何かがあったのだと。私を何かから遠ざけて、守ろうとしている。


 まるで最期の言葉のようだ。


 ゼファル様は一瞬泣きそうな顔をしてから、笑った。それは無理やり作った笑顔。


「リリア、愛している」


 彼の手が、体が離れていく。


「ゼファル様!」


 嫌! 離れたくない!


 彼の腕を掴もうと手を伸ばしたけど、すり抜けた。私だけが空間に取り残されたのだと知る。


「待って!」


 一歩踏み出した先に姿はなくて、宙に浮いた指先が虚しく垂れさがる。頭は混乱していて、気持ちがついていかない。


「……どう、して?」


 日記を持ったままだった左手に力が入らず、滑り落ちるが気に掛ける余裕はない。


 嘘よ。だって、さっきまで一緒におしゃべりして、今度ケーキ屋に行こうって……


「なん、で」


 一歩も動けずぼんやりと壁を見ていると、外が騒がしくなってきた。叫び声と足音。何人もいる。断片的な情報が頭に浮かぶけど、考えることはできなくて。分からない不安と恐怖が涙となって一筋流れた瞬間、ドアが勢いよく開いた。


「ここにもいないか! 人間の女を探せ!」

「きゃあ!」


 一瞬の期待は見事に打ち砕かれ、武装した男たちがなだれ込んで来た。驚きのあまり声をあげてしまい、慌てて口を押えてから彼らには見えていないのだと気づく。抜き身の剣が返す光の鈍さと、鎧についた赤黒い血に体が小刻みに震える。


 何? 何が起きたの!?


 恐ろしくて自分の肩をかき抱く。少しでも動けば彼らに気取られる気がした。男たちは統率が取れており、兵装からどこかの軍だということが分かる。男たちはドアを片っ端から開け、人が入れそうなところを調べていく。


 まさか、反乱?


 男たちは私をすり抜け、本棚の本を全て床に落としていった。隠し扉がないか探しているのだろう。両手で口を塞ぎ息を殺していると、金色の鎧に身を包んだ背の高い男が入って来た。紅の髪を後ろにくくり黄色い目をした男は、兵士にも引けを取らないほど鍛えた体躯だ。周りの男たちが一斉に敬礼をする。


「殿下、ここにも人間の女はいません」

「あいつが連れて逃げたか」


 殿下……ということは、ゼファル様の兄のどちらか?


 反乱の首謀者と思われる人物は、部屋を見回すと鼻で笑った。


「しかし悪趣味なやつだ。閉じ込められていた時のまま残すなんてな。女は最後この部屋に入るのを目撃されている。くまなく探せ」


 私を探されている……なんで?


 城にいる人間は私だけだ。魔王であるゼファル様が狙われるなら分かるけど、なぜ自分なのか。恐怖に耐え、少しでも情報を集めようと彼らを注意深く観察していると、新たに廊下から入って来た人物に目を奪われ、思わず声を上げそうになった。


「殿下、対象の部屋にもおりませんでした」


 目に馴染んだ軍服に、小憎たらしい声。怒りにも悲しみにも似た感情が沸き起こり、唇がわなないた。


 ロウ、まさか裏切ったの!?


 金鎧の兄に頭を下げたのは、他でもないロウだった。それに対し、兄は冷たさを感じさせる目を向ける。


「ロウ・バスティン。お前はバスティン家でありながら、人間の女と懇意にしていたと聞いたが、まさか漏らしたのではないだろうな。お前に翻意があると分かれば、一族皆殺しにするぞ」


 高圧的な物言いにロウは顔色を変えることなく、深く腰を折った。


「それはフェイクでございます。我がバスティン家が人間に深い恨みを抱いていることはご存じでしょう。あの女と関係を持ったのは殿下に献上するためです」


「そんな……」


 思わず声が漏れた。


 ずっと私を騙してたの? 私を売るために?


「なんで……ロウ」


 あの言葉は全部嘘だったってこと?


 指先が氷のように冷たい。知っている。これは絶望の感覚だ。ゼファル様に空間の狭間に置いていかれ、ロウに裏切られた。誰も味方がいない。婚約破棄をされた時と同じ、いや信頼をしていた分あの時よりも苦しい。


 ぐっと奥歯を噛みしめてロウを睨みつけたその時、彼の肩が不自然に跳ねた。何かを探すように視線を部屋に巡らせ、赤い目とあう。


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