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135.ゼファル様の部屋で

 三日後、昨日のうちにロウもゼファル様も王都に戻っていると手紙で教えてくれた。二人は取り決めでもしたのか、朝と夜の一日に二回同時刻に手紙を送ってくる。その内容は互いのことに触れられていることもあり、そこそこの距離感で仕事をしていることが伝わって来た。


「冷たい火花を散らし、一歩も引くつもりはない」とはロウの言葉で、対するゼファル様は「何か落ち度を見つけて更迭してやりたい」と筆跡が荒々しくなっていた。


 その二人と会う約束は、昼過ぎがゼファル様で夕方がロウだ。その予定をシェラに告げれば、「男二人を手玉に取っている感じですね」と声を弾ませて身支度を手伝ってくれた。先日恋の相談に乗ってもらってから、遠慮がなくなった気がする。


「リリア様、何か危なくなったらすぐに小部屋に入るんですよ?」


 鏡の前で最終確認を終えた私に、シェラはそう念押しした。


「ゼファル様の部屋に行くだけなんだから……」


 戻って来たゼファル様は仕事が立て込んでいるようで、私室で会うことになっていた。軍事演習が終わってからでもいいのではと手紙には書いたのだけど、絶対に今日がいいと譲らなかった。ロウとの約束があるからかもしれない。


「何事も備えが必要です」


 たとえ徒歩数分の距離でもデートはデートと、服装は普段着ではなくフリルが可愛いミグルド風のドレスだ。濃い黄色の生地は手触りがよく、スカート丈はひざ下で、長めのブーツを履いている。袖やスカートの縁が濃い赤で、自然とゼファル様の髪色が思い浮かぶ。それをシェラは狙っているのだろう。


 支度が終われば、シェラに見送られて外行きのおしゃれ着で家とも呼べる城の廊下を歩いていく。何人か使用人とすれ違い、明らかにデートという服装が恥ずかしくなってしまった。速足でゼファル様の部屋へと向かい、急かすようにノックをすればほどなくドアが開いた。


「待ってたよ、リリア」


 迎え入れてくれたゼファル様はこれから式典でもあるのかカッチリとした軍服に似た衣裳だった。


 衣裳ってずるいわ……


 ゼファル様を直視できなくて、私は挨拶をすると招かれるまま部屋へと入る。一人掛け用のソファーにマントが脱ぎ掛けられていて、視線を向けていたら先ほどまで建国祭に関わる式典があったのだと教えてくれた。


「本当にお忙しそうですね……」

「リリアの癒しがないとやっていけない。手紙では元気だと書いていたが、無事な姿を見られて安心した」


 ゼファル様は私に本棚の手前にある応接用のソファーに座るよう促し、自身はローテーブルを挟んだ奥に座った。ちらりと表情を伺うと元気そうだがやや疲れを感じているようだ。目が合うと気恥ずかしくて、意味もなく部屋に視線を飛ばしてしまう。


 ど、どうしよ。意識してるって思っただけでこんな……。冷静に、冷静になるのよ。


 胸の辺りがぞわぞわと落ち着かない。今までどんな顔でゼファル様と話していたか分からなくなって、テーブルの木目を見るしかなかった。


「リリア? どうした、気分でも悪いのか?」

「あ、いえ! 少し久しぶりだったもので、何を話そうかと」


 心配そうな声音が聞こえ、弾かれるように顔を上げれば気づかわしそうに眉尻を下げたゼファル様がいた。その顔がずるくて、心臓に悪い。


 そうだった。顔がいいんだったわ……


 面食いではないけれど、常に強気で自信ありげな表情を見せている人の優しい顔は卑怯だと思う。


「リリアが来てから、これほど会えなかったことはなかったからな……。何度こっそり鏡で見ようと思ったか」

「まさか……」

「見てない! 断じて見てないぞ! リリアとの約束もあるし、万一ロウにバレたら正論で刺される」


 正論で刺す。まさにロウの性格を言い表していて、軽く吹き出してしまった。魔王相手でもロウは変わらないらしい。笑っているとゼファル様はおもしろくなさそうな顔になって、咳払いをすると話題を変えた。


「それで、手紙では仕事をして町に行ってと充実していたようだが、楽しかったか?」

「あ、はい。建国祭が近いとあって町はさらに活気づいていました。それに、あのケーキの店で期間限定のタルトを食べたんですがおいしかったですよ。今度一緒に行きませんか?」


 自然と誘いの言葉を口にしていて、自分でも驚いた。一緒に行けたらなと心に思ったことが形になってしまった。


「リリアから誘われるなんて嬉しいな! ぜひ行こう! 貸し切ってでも行こう!」

「いや、ゼファル様そこまでは!」


 すごい勢いでエサ食いついて、強く引いた大魚のようなゼファル様を逆に止めてから、ふといつものように話せていることに気づく。心臓も顔もおかしなところはなく、安心して力が抜ける。

 ゼファル様も楽しそうで喉の奥で笑っていた。


「リリアと話していると、城に帰って来たという感じがする。ずっと見つめていたい……」


 そう言われると、気を許してもらえている感じがして嫌ではない。一瞬で空気が甘くなり、熱のこもった瞳を向けられれば、照れてしまう。

 なんと返そうかと思っていると、ゼファル様は言葉を続けた。


「そうそう、今度リリアの絵を描かせようと思うんだ」

「……絵ですか?」


 アイラディーテでは王族や貴族が肖像画を残すのは珍しくない。私のはなかったけど、デグーリュ家の人たちの絵があるのも知っている。あまり気乗りはしないが、公的な立場でもあるし必要ならばしかたない。


「あぁ、俺がリリアを見たくなった時に見る用に、立ち姿、笑顔、怒り顔、寝顔を」

「嫌です」


 ゼファル様が言い終わらないうちに拒否の言葉が口をついて出た。ゼファル様の思い付きには碌なものがない。


「じゃ、じゃあせめて建国祭の記念に一枚」

「建国祭にかこつけないでくださいます?」


 そうやって要求と拒否を繰り返していると、ノックの音がした。ゼファル様の表情がスッと険しくなって、「すまない」と断ってから席を立ち応対に出る。

何か緊急の用でもあったのかしら……。

ドアは私の後方にあるので振り返るわけにもいかず、正面の本棚を眺めてみる。


「は!? 兄上が?」


 聞こえてきた声は驚きを含んでいて、速足で戻って来たゼファル様の表情は陰っていた。相当な問題が起こったのかもしれない。


「リリアすまない。少し野暮用ができたから少し外すが、まだ時間はあるよな。ここで本でも読みながら待っていてくれないか? すぐに戻る」


 本棚に詰まっている本を指した魔王はそれだけ言うと、足早に部屋から出て行った。


 待つように言われたなら、待つしかないわよね……。


 ロウとの時間までまだあるし、私は本棚を物色すべくソファーから腰を上げた。



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― 新着の感想 ―
[一言] どう見ても前進してるけど、性癖が見えたら後ろ向いてダッシュ まあ。うん。何歩進んで何歩下がってるのか。
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