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133.恋の先生は思わぬところに

 魔王様とロウがいない日々は平和そのものだった。手紙が来る頻度も減り、返事に頭を悩まして時間を使うことも少なくなった。それに、直接話すことがないから心も穏やかだ。仕事は相変わらず忙しいけれど、充実している。

 恋の駆け引きよりも仕事のやり取りのほうが楽しいと、進捗をスーとアーヤさんに聞かれた時に伝えれば残念なものを見る目になっていた。


「リリアって、恋愛に向いてないよね」

「逆に、あの二人に迫られて陥落しないリリアさんがすごいです」


 これ見よがしにため息までつかれれば、さすがの私も堪える。


「私だってちゃんと考えてるんですからね!」


 と、言い返して迎えた休日。

 王都をぶらぶらしていた私は、二人の生温かい目を思い出していた。


 なんなのよ……私だって悩んでるんだから。


 ついと右手に視線を向ければ赤い花が目に入って、ゼファル様の顔が浮かぶ。答えを迫られたような気持ちになって、ため息が出た。


 どうしたらいいのかしら……。好きなんて、すぐには分からないわよ。


 花から視線を逸らせば、その先にアイラディーテの料理を出している屋台があり、店員が元気に客を呼び込んでいた。大通りを見回せば出店が増えていて、着実に建国祭に向けて進んでいることがわかる。


 よく見れば、王都の以外の人も増えてるわ。


 行きかう人々の中には服が違う人や、体格のいい傭兵のような人たちが目立つ。


 あ、軍事演習が近いから、関係する軍の人が王都に来ているのかしら。


 中には包帯を巻いている人もいるから、先の東西の戦いに出ていた人なのかもしれない。そして兵士の姿からロウを連想し、またため息をつく。


 大通りは買い物を楽しむ人でにぎわっているのに、私の心は晴れない。ここに来ることになったのだって、朝から思いふけってため息をついていたからシェラに送り出されたのだ。「おいしいケーキでも食べていらっしゃったらどうですか」と。


 護衛は見えないところでついているのだけど、最近は一人で気楽に街歩きをさせてもらっている。向かった先はゼファル様が最初におすすめしてくれた伝統的なケーキのお店だ。ふとした時に食べたくなる味で、すっかりお気に入りになっていた。


 何度も足を運んだおかげか顔なじみの客になっていて、店に入ればいつものテラス席に通される。最近は少し肌寒いからか、足元に暖をとるための火入れが置いてあった。おやつ時ともあって、テラス席にもお客さんがいる。友達や恋人と訪れている人がほとんどだ。


 運ばれてきたケーキに生クリームをつけて口の中へ。ほどよい固さにナッツの食感が楽しい。何度食べても飽きない味だ。


 そういえば、ゼファル様と食べに来たことはまだないのよね。


 紹介してくれた本人で、城でお茶をする時に取り寄せてくれることはあるけれど、お店でというのはない。


 まあ、ゼファル様は目立つから、お忍びも難しいもの。


 紅茶で口の中をさっぱりさせてから、期間限定の果実が乗ったタルトをいただく。土台に敷き詰められたカスタードクリームの上に、艶やかな薄緑の丸い果実が乗っている。まるで宝石のようだ。


 それにしても、ゼファル様とロウ……。


 美味しいケーキを食べていても、そのことから離れられなかった。答えは出ないのに、ぐるぐると考えだけが巡る。そんなとき、後ろの席に女性客が二人案内されておしゃべりが聞こえてきた。スーとの時間を思い出して口元が緩む。一人でゆっくりケーキと店の雰囲気を味わうのもいいけれど、誰かと時間とおいしさを共有するのも格別だ。


 今度スーと来て、相談に乗ってもらいましょ。


 そう思いながらケーキにフォークを差し入れたとき、後ろの会話を耳が拾った。


「ねぇ、好きって、どうなったら好き?」


 心臓が飛び跳ね、手が止まる。


「あー、告白されて試しにつきあったんだっけ」

「そうなの。それで、そろそろ答えを出さないといけなくて」


 まるで今の私のような状況だ。興味津々だけど、周りに怪しまれないようにケーキを楽しんでいる格好を取りつつ、食器の音を出さないようにして聞き耳を立てる。


「そうねぇ」


 相談を受けている女性はしばらく考え込み、会話が途切れる。返答が待ち遠しくて、きっと相談している人と同じ顔になっていると思う。


「ふとした時にその人のことを思いだしたり、気づけばその人のことをずっと考えていたりとか?」


 ……えっ?


「うーん、そんなもの?」


 相談者の声に納得がいかない色が出ているけれど、私はその言葉に鼓動が速くなった。


 さっき、赤い花を見てゼファル様を思い出した……


 呼吸が止まった私の耳に、続きの言葉が入ってくる。


「おいしいものを食べたら一緒に食べたいと思うし、素敵なものを見つけたら贈りたいってなるの」


 片方の女性は恋愛経験が豊富なのかスラスラと「好き」について回答していた。


「ふ~ん、じゃあ私はまだ好きじゃないかな。そこまではないし」


 相談した側にはそれほど刺さらなかったようだけど、私は太い剣で心臓を貫かれたようだった。視線を食べかけのケーキに落としたまま動かせない。


 このケーキを、一緒に食べたいと思ったところだった。


 待って……え、じゃあ、私。え?


 恋愛の先輩の言葉が当てはまりすぎて、もはや怖い。鼓動がうるさく、嫌な汗も出てきた。


「まだ好きじゃなくても、意識はしてるのかもよ? 少なくとも気にはなってるんでしょ?」

「そりゃ、熱心に口説いてくれるし、正直彼の熱っぽい目に見つめられるのは嫌いじゃないし」

「それなら、今はそれでいいんじゃない? 恋は衝動だもの。いつか突き動かされる日が来るわ」

「そんなもの?」


 なおも続いていく会話が、私の心をかき乱す。脳内で言葉が繰り返された。


 意識……恋は衝動。


 断言は、まだできない。それでも、考えるきっかけには十分すぎた。ぼんやりとふわふわしていた気持ちが、言葉の枠に嵌められて固まっていく。


 私、意識してるんだ。


 その言葉はストンと胸の奥に落ちて、水面の波紋が収まった後のようにざわつきが静かになった。好きの一歩手前。その静けさは嵐の前みたいで恐ろしい。


 衝動が来たら……私、どうなるの? 


 固まっていた私は、ようやく刺したままになっていたケーキを口に運んだ。だけど、話を聞く前のおいしさはなく、味も女性たちの会話も遠くに感じる。


「恋はいいものよ。力になるんだから」


 その後の彼女たちの会話はあまり聞いていなかったけど、その言葉だけは店を出た後も残っていた。


 ゼファル様に、ロウ……。


 にぎやかな大通りを歩いていても、もう気晴らしにはならなかった。頭は勝手に二人のことを考えてしまう。


 一度、しっかり考えを整理しないと。


 帰り道、正面には城が見えている。私は頼りになる侍女の顔を思い浮かべて、歩みを早めるのだった。


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