130.姫将軍と恋の尋問
「そう緊張しないで。私だって乙女よ? 恋愛の話を肴に酒を飲むこともあるわ」
乙女。
今ここに魔王がいれば盛大に反論をしていそうだけど、私はフフフと笑うにとどめる。その言葉通り私の話を肴にするようで、上着の内ポケットから小瓶を取り出すと数滴カップに垂らした。愛用している強めのお酒だ。
それに現状私の中で答えが出ていないのも確かなので、いい機会だと相談に乗ってもらうことにする。スーとアーヤさんとは違う視点から助言をもらえそうだ。
ヴァネッサ様はお酒入りの紅茶を飲むと満足そうに頷いて、好奇心に彩られた灰色の瞳を向けてきた。
「それで、今はどんな状態なの?」
「えっと……正直分からないので、お二人を知るために手紙のやり取りをしたりお食事をしたりしています」
「ずいぶんお子様ね」
最初から容赦がない。鋭い言葉が胸にささり、私は力なく「はい」と答えた。ヴァネッサ様ぐらい美しく魅力が溢れていたら、男の人が常に周りにいるだろうし、経験も豊富だろう。ヴァネッサ様に比べれば、ひよこ、いや卵かもしれない。
「リリアちゃんの好みのタイプってどんな人なの?」
「え、好みですか……」
好きなタイプを聞かれた経験はあまりなく、考えたこともなかった。うーんと唸り、ぼんやり浮かんだ答えを口にする。
「……優しくて、まともな人ですかね」
「ほとんどの男が当てはまるじゃない……。じゃあ、嫌いなタイプは?」
「自分勝手で話を聞かず、人に迷惑をかける人です」
即答すればヴァネッサ様は声をあげて笑った。
「苦労したのね。そうねぇ……ゼファルは優しくて愛情深いけど、いき過ぎると迷惑。まだ不安定なところがあるし……。ロウは常識があって気遣いもできる男だけど、ちょっと読み切れないところがあるのよね。何か胸の奥に秘めているというか……」
私の好みを聞いた上で二人を評したヴァネッサ様は、さすがの洞察力で私は確かにと頷く。こういう人のことを見る目があるというのだろう。
「リリアちゃんは二人をどう思っているの?」
「どう……ゼファル様には常にお世話になっていて、何度も危ないところを助けていただいたので感謝しています。ロウとは気を遣わなくていいと言いますか、軽口をたたき合うのが楽しいです」
「気のいい友人関係なのね。もう一押し欲しいところだわ」
「友人……かはわかりませんが、親しくはさせてもらっています」
スーとアーヤさんと並べることはできないので、そう答えるとヴァネッサ様は「ふ~ん」とカップに残ったお茶を一気に飲み干し、後ろに控える女騎士に手で何かを合図した。女騎士は茶器やお菓子が乗った台車の戸を開けグラスを取り出すと、氷を入れてお酒の用意を始める。注がれた琥珀色のお酒は強そうで、お酒用のナッツや果物も出された。本格的に飲むようだ。
「ゼファルは臆病なところがあるから押しが弱いにしても、ロウはガンガン攻めてきそうなのに。リリアちゃんよく流されてないわね」
「そりゃ、流されやすいですけど……」
ヴァネッサ様はからかう目つきで、喉の奥で笑っている。
「こういうのは大事なことなので、流されちゃだめと思いまして。それに、好きってちゃんとわかってから応えないと不誠実な気がして」
「真面目ねぇ。流されたらいいと思うけど?」
「え?」
そういう意志の弱い曖昧な態度を一番嫌いそうなヴァネッサ様の口から肯定の言葉が飛び出し、私は目を丸くする。酔っているのかなと一瞬疑うけど、むしろ目は据わっていて力強い。
「ふらふらと無意味に流されるのは論外だけど、リリアちゃんはそれでいいと思うのよね」
ヴァネッサ様はお酒を一口飲むと、戸惑いを浮かべる私に微笑んだ。
「人にはそれぞれ役割があって向き不向きがあるわ。私は将軍の地位にあって先陣を切り、敵将を討つことができる。だけど、籠城戦や敗戦の撤退時には役に立たないの」
向き不向きという話は分かる。私は剣を持って戦うことはできないし、期待もされない。だけどそれが、どうして流されることにつながるのかは分からない。ヴァネッサ様は手に持つグラスを揺らして氷を鳴らすと、柔らかい声で話を続ける。
「それで言うとね、リリアちゃんの役割はきっかけを作る人なのよ」
「きっかけを作る人?」
そう言われても腑に落ちない。「きっかけ」ともう一度口の中で言葉を転がしても、当てはまりそうなことは思い浮かばなかった。
「前に話したでしょう? ゼファルはリリアちゃんがいたから術を磨き、魔王になった。そしてロウは、話した時にリリアちゃんとの出会いが西部戦線での功績につながったと言ってたわ。それに、リリアちゃんがミグルドに来たことで、友和政策は進んだもの」
「それは、たまたまですよ。私は何もしていません」
さすがに買いかぶりすぎで、首を横に振る。
「そう? 私の目に狂いはないと思うんだけど……きっとわかる時が来るわ」
そんな予言者のようなことを言うヴァネッサ様はグラスのお酒を飲み干していた。ちょっと信じられない。
「これからどうしたらいいのかも分からないのですよ?」
「そんなの簡単よ。リリアちゃんの好きにすればいいの。ゼファルでも、ロウでも、別に全く違う人でも、一人で生きてもいい。私はリリアちゃんの選択を応援するわ。リリアちゃんを妹にすることは、権力を使えばできることだもの。……手始めに、義姉妹の契りでもかわしとく?」
勇気づけられるありがたい言葉をもらったと思えば、さらりと怖いことを付け足された。こういう自分の願望を譲らない辺りが、魔王と姉弟だなと思う。
「いえ、その……ゆっくり考えますね」
その後しばらく義姉妹になる勧誘が続き、ヴァネッサ様はいい感じに酔いが回りだした。酔えば色気が増し、言葉遣いが荒くなる。幼い頃の魔王の話や、戦場での武勇伝など聞いていて楽しいのだが、距離が徐々に近くなり最後には椅子を隣に持ってきて肩を組まれてしまった。
「リリアちゃん、いっそ私と暮らさない? 男なんてろくでもない奴らばっかよ」
「ご苦労されたんですね……」
お茶会がすっかり飲み屋の雰囲気となり、解放されたのは日が沈んでからで……。帰りが遅い私の様子を見に来たシェラに救出されたのだった。




