13.魔王様からの贈り物は重い
式典当日。シェラによって部屋に運ばれてきた朝食を食べ終えた私は、早速と肌を入念に手入れされていた。昨日魔王と話してからふと虚しさを感じる時もあるけれど、今はすることがあるから気も紛れる。
シェラはマッサージ中、私が退屈しないようにと魔族に伝わる伝説や昔話をしてくれた。笑える話も多くて、くすぐったいマッサージも嫌にならない。シェラの話に耳を傾けていると、控えめなノックがした。シェラが入室を促すと一人の侍女が箱を持って入ってくる。
「リリア様、魔王様より式典用のネックレスの贈り物です」
「……え?」
一瞬本人も来たのかと身構えてしまったけど、彼女の後ろに人影はない。その侍女はシェラへ慎重に渡すと、私に一礼して部屋から出て行った。
シェラは箱の蓋を開けると、「まぁ」と声を上げてから中身を見せてくれる。
「うわぁ……」
クッションが詰められた箱の中には、青い宝石が美しいネックレスが鎮座していた。その言い方が相応しいくらい堂々としたサファイアで、親指の先ぐらいの大きさがある。確か、王様が付けていた冠に嵌っていた宝石がこれくらいの大きさだったような……。
「すばらしい魔晶のサファイアですよ。これほど純度が高いものは珍しく、込められた魔力も極上です。何より、リリア様の瞳の色に合わせているのが素晴らしいですね。ドレスは、昨日絞った3着の中から、こちらが引き立つものにしましょう」
常に冷静そうなシェラの声が弾んでいて、「腕が鳴りますわ」と箱をサイドテーブルに置いてマッサージへと戻る。
「う、うん……お願いするわ」
逆に私は、突然さして親しくもない人から高価すぎるものを贈られても喜べるような貴族の心を持っていない。庶民感覚が抜けないから、逆に怖くなってくる。
ちょっともらえないわ。借りることにしましょう。式典用って言ってたし、式典なら見栄えは大事だわ。そうよ。そのために借りるだけ。
そう自分に言い聞かせないと、恐ろしくてつけられない。
そして式典が始まる一時間前にはドレスアップされ、最後の仕上げにとサファイアのネックレスをした私がいた。姿見を見ても、自分だという実感がない。胸元で重みと存在感を示している宝石も相まって、シェラの賛辞にも引きつった笑いを返すことしかできなかった。
やだ……コルセットもきつくないのに倒れそう。
用意されたドレスは落ち着いた赤色で、派手な飾りもなく流線的な形をしている。あちらの国ではふわりとスカートが膨らんだものが主流だったから、新鮮に感じた。
「こっちでは手袋をしないのね」
夜会では皮や絹の長い手袋を、茶会では絹かレースの短い手袋を常に付けていたから、手を包むものが何もないと落ち着かない。シェラのおかげで手荒れはましになったとはいえ、美しい白い手とは言えなかった。
「そうですね。手を守るために、兵士が付けるものというイメージが大きいので……」
「そうなのね……」
そんなささいなことにも国による違いが見えて、面白くなる。この三日で、自分がどれだけ狭い世界にいたのかがよく分かった。
……新しい自分って感じがするわ。
目の前の姿見に写る自分を見ていると、そんな感想を抱くと同時に向こうでのことを思い出す。一昨日も、夜会の前に最終確認として姿見を見ていたのだ。ドレスは継母のおさがりだから、腰回りが緩くて裾も長かった。自分で丈も腰回りも詰めたけれど、少しやぼったさが出てしまう。それを見て、また夜会で笑いものにされると憂鬱になっていたのに……。
それが、今は私の体にぴったりと合ったドレスを着て、魔族の国で式典に出ることになっている。
「リリア様、ヒュリス様より式典前に軽い打ち合わせがあるということなので、そろそろ移動します」
「え、えぇ。わかったわ」
一応打ち合わせをしてくれるみたいで安心した。一昨日から当然のような流れで私の式典参加が決定していたから口に出せなかったけど、私はこの式典が何なのかも知らない。最初にヒュリス様に聞けばよかったのだけど、機を逃してずるずると今になってしまった。
シェラについて部屋を出ると長い廊下を進む。途中何度も曲がっていて、もう私は帰り道が分からない。改めてここが見知らぬ土地であると実感すれば、少し心細くもなる。
今日の式典しだいで、今後私がどうなるかも変わるのよね……。
今さらながら緊張もしてきた。ちょっと気でも紛らわせようと前を歩くシェラに話しかけようかと思ったら、ドアが開く音がした。目的の場所についたようで、護衛の人が私たちに気付いてドアを開けたようだった。
軽鎧を身につけた男性が、私たちが通るのに合わせて敬礼をする。
そしてついた先は、玉座の間だった。
ひえぇぇ、直接ここは心臓に悪いわ!
出てきたドアは玉座にほど近い場所だから、裏口にあたるものだろう。玉座の正面にある大きな扉は閉まったままで、全体の作りはあちらの国と大差ない。色合いや装飾品が違うくらいだ。
前に二度ほど謁見の間に入ったことがあった。といっても、直接陛下のご尊顔を拝したわけでもなく、ドアの近くで豆粒のような王様を見ただけだった。そういえば、あれは陛下の在位20年を祝う式典だったけ……。
荘厳な玉座の間の迫力に、記憶の世界に引きこもっていると弾んだ声が飛んできた。