127.食事と何気ないおしゃべり
メニューから選ばれた料理は、ロウの傷口に沁みないように辛くないものばかりだった。痛さに悶えるロウを見たかったけれど、私も辛くない料理が食べたかったので何も言わずに頷いておいた。
そうして運ばれてきた料理を食べながら、話が進んでいく。
「では、昇進しても業務内容は変わらずですの?」
話題はロウの仕事のことで、結局政務部と軍部の折衝役を続けているらしい。
「あぁ、しかも宰相様や魔王様からも仕事をいただくようになったから、量が倍増した。これでは訓練に割く時間が取れない」
「あ~……それだけ、期待されているということでしょうか」
一瞬ロウへの嫌がらせかもと疑いがよぎったが口に出さなかったら、ロウの声音に「どうだろうな」苦さが混じる。
「人間研究部との案件が回ってこないから、裏工作の可能性はあると見ているが」
否定できない。ヒュリス様は中立を保ってくれそうだけど、ゼファル様はなりふり構わず邪魔してきそうだ。ストーカーをやめる宣言をしてから、必死さが垣間見える。
明言を避け、にこやかな微笑でごまかしていると、「お前の方がどうなんだ」と話を振られる。
「そうですね……。建国祭に向けての準備で目が回りそうです。企画運営は本業ではないので」
「あぁ、建国祭業務が回ってきているのか。こちらはその前に東西と合同訓練をするとかで、その調整に忙しい」
「東西というと、魔王様のお兄様たちの?」
「そうだ。一か月後ぐらいから訓練を始め、建国祭ではそろってスピーチをされるご予定だ」
そうなれば、魔王の兄二人に会う機会もありそうだ。二人は開戦派だと聞いているので、その期間中は城を離れたほうがいいかもしれない。その辺りは魔王が何か手を打つだろう。
「その合同訓練は王都でされるんですか?」
「いや……王都とケヴェルンの中間にある平野だ。今駐屯地を作るために資材を運びだしている。しばらくはあの辺りの景気がよくなるだろうな。なんといっても、数万規模の人数が動く」
「それはすごそうですね」
平野に陣取ってとなると、相当大規模な演習になりそうだ。アイラディーテで王子と軍事演習の激励に行ったこともあるが、それとは比べ物にもならないだろう。
「まあ、その間に国境が攻められたらひとたまりもないが……」
「たしかに」
「そこは今後調整が必要だ」
そこで言葉が止まったロウは、ふわふわの白い卵が浮いたスープを飲みながら一点を見つめていた。仕事のことでも考えているのかと思ったら、ついと私に視線を向けてくる。
「リリア、本気で私の仕事を手伝わないか? それほど口が回れば、非常にこちらに有利な交渉ができると思うんだが」
「いやいや。ロウはそう言いますけど、私そこまで交渉得意ではありませんからね?」
「その物怖じしない態度と、鋭い言葉遣いを交渉で活かさずどうするんだ」
首を横に振ったら、思いのほか強い口調でそう言われて目を瞬かせる。どうも本気らしい。ロウは「それにな」と話を続ける。
「弁が立てば、父上にきれる手札が一枚増える。いつでも武力で解決できるわけではないからな」
「さらっと自分の陣営に組み込もうとするのやめてくださいます?」
「いいじゃないか。こうやって話すのが嫌いではないから、今日も来たんだろう? 嫌なら断り続けれて無視すればいい」
「断りを前提としていない文を送って来たのは誰ですか。子供でももっと心のこもった手紙を書きますわ。しかも軍の鳥を私物化するのはよくないと思うんですけど」
そうつらつらと苦言を返せば、ロウは面白そうに頬を緩めていた。
「物足りなかったなら、次は美辞麗句が並んだものにしよう。それと、あの鳥は私のものだから問題ない。黄色いリボンを首に巻いていただろう? 軍の魔鳥に黄色はない」
「なるほど。どうりで偉そうな鳥だと思いましたわ。何度も頭を突いてきて、ちゃんと躾けてくださる?」
「どうせリリアがトロトロしていたんだろう。むしろ鳥から機敏さや警戒心を学べ」
「失礼! もう相手にしてあげませんわよ!?」
キッと目を吊り上げて彼を睨むのに、彼は悪いと思うどころか楽しそうに喉の奥で笑っている。そして赤色の目を細めると、自信ありげな笑みを見せた。
「だが、お前は来て言い返すじゃないか。気に入っているんじゃないか? そのまま私のところに留まっていればいい。後悔はさせないさ」
「……ほんと、自信過剰ですわね。自惚れないでくださる? 相手を知らないまま断るのは不誠実だと思ったのと、貴方を完膚なきまでに叩きのめす理由を探すためですわ。魔王様ともちゃんとやり取りをしているんですからね!」
ロウを勝たせているみたいで気に食わないから、そう言い返せばロウはますます上機嫌になって声を上げて笑う。顔が引きつって痛がっているが、笑いを堪えきれないらしい。
「魔王様と同格に扱っていただけるとは光栄至極。では、私は負けないようにリリアが頷く理由を作るとしよう。手始めに、デザートはいかがですか、お嬢様」
「甘い物で釣ろうとしないでくださる? この前食べた白いもちもちゼリーをお願いしますわ」
「言動がちぐはぐだな」
「甘い物に罪はありませんので」
それは私も分かっているけど、食欲には逆らえない。それに、前はあまりデザートを堪能できなかったので、今日こそはと決めていたのだ。そのデザートを食べながら、私はロウをへこませるべく、ロウの腹が立つところを言い並べたのだが効果はいまいちだった。
そして、店を出たあとは城まで送ってくれ、「今日は楽しかった。また今度」と爽やかな笑顔を向けられる始末。完全になめられている。
これ、本気で男をこっぴどくふる悪女の勉強をしたほうがいいんじゃない……?
そんなことを思いつつ自室に戻れば魔王から手紙が届いており、パンパンに膨らんだ封筒からは恐怖を感じる。物理的な愛の重さを感じる封筒を開ければ、中に詰まっていたのは不安な魔王の気持ちと私の可愛さと好きなところの羅列で。
「手紙って、長くて気持ちがこもっていればいいってものでもないのね……」
極端な手紙から得た真理に、シェラも「本当にそうですね」と万感こもった賛同をしてくれたのだった。




