124.手紙が物理的にやってきた
翌日、人間研究部では新しい仕事が始まった。建国祭の準備期間に入り、関係書類がこちらにも回って来たのだ。今年はケヴェルンからアイラディーテに関係した製品や食べ物の出店が来るようで、人間研究部にはそのまとめ役が回ってきた。
加えて、ケヴェルンや周辺の町から一時滞在する人間が増えることが予想されるため、人間が泊まりやすい宿の手配や人間に不慣れな宿屋でも対応できるよう、文化の違いを記したマニュアルの作成など仕事は多岐に渡る。
う~ん、正直よく分からない。これはあとで二人に相談しよ
今までの仕事は同じ書類仕事でも、文化や歴史、法律に関するもので手持ちの資料と照らし合わせればよかったのだが、これは企画と運営で経験と想像には限界があった。絶対うちの仕事ではない気がする。
思わずため息が漏れたところに、コツコツと小さくノックのような音がした。顔を上げてドアを見るが、そっちの方から聞こえたようには思えない。
あら?
聞き違いだったかしらと書類に顔を戻せばまた聞こえた。連続でコツコツ、コツコツと聞こえて、音の方向を探ると後ろの窓だ。
「ひゃぁっ!」
振り返った私の目に飛び込んで来たのは黒い鳥。びっくりして肩が跳ねる。その間も急かすように窓ガラスをくちばしで叩いていて、目を瞬かせた。
え、何この鳥
よく見れば首に黄色いリボンを巻いていて、野生ではなさそうだ。なんだか開けろと言われている気がする。よく分からないけどひとまず開けてみた。外開きの窓なので、鳥は開けようとしたのが分かると飛び立って距離を取る。かしこい鳥だ。
そして半分ほど開けたところで勢いよく羽を広げて滑り込んできた。風で髪が煽られ、後ろで羽ばたきの音がする。
「ちょっと、書類!」
窓を閉めて席に戻ろうと体を反転させれば、床には書類が散らばっていて叫んでしまった。だが鳥はそんなことおかまいなしで、グアと鳴くと片足で机を叩く。その足に目を留めると金属の筒のようなものがついていた。
あ、これ通信用の魔鳥じゃない? あっちで軍の視察をした時に似たようなものを見たことがあるわ……ということは、迷子?
そうだとすると、どう対応すべきなのか。軍部に届けるほうがいいのか、近くにいる文官の誰かに聞けば分かるのか。タイミング悪くスーもアーヤさんも他の部署に出向いていていない。届けるにしても誰かに聞くにしても、この鳥を運ぶ必要がある。
鳥を触ったことなんてなく、恐る恐る近づいて手を伸ばせば大人しく捕まってくれた。横から挟むように持ち上げ、そのままドアの方へ体を向けた瞬間、突然鳥が暴れて羽ばたく。
「ちょっと!」
捕まえようと手を伸ばすがすり抜けられる。悠々と部屋を旋回した鳥は、一つ羽ばたくと急降下して私の頭に止まった。
「いやぁぁ!」
ゾワッと鳥肌が立つ。頭が重い。
振り払おうと手を頭にやれば嘲笑うように飛び立たれた。踏み切られた頭が痛い。
なんなのこの鳥!
鳥は再び机に下り立つと、筒がついた片足を打ち鳴らす。まるで取れと言っているようで、偉そうな鳥だ。
「私が外していいのかしら……」
こういうのは機密事項が書かれていることが多いから、下手に開けたくない。だけど、鳥の目が鋭くなった気がして、足で机を叩く間隔が短くなっていく。確実にイラついていた。
もう、知らないわ!
何かあったら魔王に言えばいいと腹をくくり、鳥の足から筒を取る。しっかり足に金具で付けられていて、もたもたしていたらくちばしで頭を軽くつつかれた。嫌がるように足が引っ込められる。
「痛い! ……あ、筒から中身だけ抜けばいいのね」
器用に筒の蓋を私の手に押し付けて来て、意図を理解した。本当にかしこい魔鳥だ。固く締められた蓋を指でつまみ、捻って開ければ中から細く巻かれた紙が出てきた。取り出して広げれば長くはなく、書かれた文字はさらに短い。
“明日の午後六時、故郷の店にて ロウ”
軍事報告かと思った。名前が無かったら、この紙を軍部に届けただろう。
え……これ、まさかデートのお誘い? 決闘にしか思えないわ
たしかに昨日、近いうちに連絡をするとは言っていたが、まさか鳥を使うなんて思わなかった。
えぇぇ……めんどう。でも、二人のことを知ってから決めるって言ったし……
紙に視線を落としたままどうしようかと悩んでいると、鳥が一声鳴いて机の上を歩き置いてあったペンを咥えた。返事を書けということなんだろう。
その様子がロウそっくりで、差出人が彼であることを実感する。きっと彼が使っている魔鳥なんだろう。
職権乱用じゃない。ゼファル様に言いつけてやろうかしら。
そんなことを思いながら鳥からペンを受け取ると、裏面に“了解しました”とだけ書いて、その面が内側になるように巻いていく。そして筒に入れ込み蓋をすれば、鳥は任務完了と体を窓へと向けた。頭を上下に動かし、開けろと指示してくる。まるでロウに命令されているようで、少し腹が立つ。
「はいはい、仕事中に私用の手紙を書くご主人もつついてくれない?」
軽口を言いながら窓を開ければ、すぐさま鳥は飛び立っていった。大きく旋回すると軍部へと一直線に飛んでいく。わずかな間の出来事で、残ったのは散乱した書類だけ。
明日、まともな方法で手紙を届けるように苦情を入れないと……
私は散らばる書類を拾い上げ、ふぅとため息をつくのだった。
気付けば半年経っていました……Σ(゜Д゜)
土日中心不定期更新となります。今後ともよろしくお願いします。




