123.脱ストーカー宣言
「え?」
ストーカーをやめると言い出した魔王に、目を丸くしてしまう。あれだけ否定してたのにストーカーという認識あったんだというのもだけど、それをやめるなんて。
「ゼファル様からストーカーを取ったら、何が残るんですか……」
衝撃すぎてポロリと心の声が零れ、言い終わってから慌てて口をつぐむ。けどすでに遅く、魔王はショックを受けた顔になっていた。
「リリアぁ……そこは、ほら、顔とか性格とか」
そう言われて、まじまじと魔王の顔を観察する。あ、ちょっと魔王様照れた。
そうね、かっこいい部類には入るものね。
魔王の顔は最初に見た時にも思ったけれど、精悍で整っている。そして性格を考えれば、優しく無理強いはしないし、節度もある。ただ時々不安定さが危うく感じるけれど、総じて言えばいい人なんだと思う。ストーカーはするけれど。
それを伝えれば魔王が調子に乗る気がしたので黙っていると、アピールが足りないと思ったのか魔王がさらに続ける。
「それに、魔王という重責を担っているし、財力もあるし」
たしかに式典や謁見の時の魔王は為政者としてしっかりと務めを果たしていた。私が来る前から買い集めていた装飾品は全て私費だというから、余裕はあるんだろう。
「何よりリリアのことを古くから深く知っているし、ピンチの時は……あ、これは覗いてたからか」
最後は墓穴を掘って落ちて行った魔王はしまったと、口に手を当てた。その様子が可愛くて、つい吹き出してしまう。そろそろ意地悪はやめて、話を戻さないといけない。
「すみません、少し意地悪でした。それで、どうして突然そんなことを?」
そう尋ねれば、魔王の表情が陰る。
「その……反省したんだ。本物がいるのに、鏡でリリアを見てばかりだったから。ちゃんと、本物と向き合わないといけないって……」
そう話す魔王は気落ちしていて、本当に反省しているようだった。それほどロウの求婚が効いたのかと思っていると、魔王は大きくため息をついた。
「姉上に怒られた……」
どうりで!
合点がいった。また笑いそうになってしまい、さすがに失礼と唇をぎゅっと引き結んだ。それでもひくひくと動いてしまい、魔王にムッとした顔で睨まれる。
「笑ってくれてもいいぞ。情けないのは分かっている」
「い、いえ……ふふ、そんなことありません」
「今笑ったな!?」
そんなやり取りが楽しくて、自然で、いつまでもおしゃべりを続けられる気がした。ますますむくれた魔王がおかしくて堪えきれず、声を上げて笑う。思えばこうやって声を出して笑うようになったのも、魔王のおかげだ。
魔王と目が合うと、彼は怒り顔を解いてふっと笑った。観念したような、認めたような笑いだ。
「リリアの笑顔が見れたなら幸せだよ……」
「あら、お安い幸せですね」
「リリア、ロウとやりあうようになってから言葉に鋭さが増していないか?」
知らぬうちに磨かれてしまったかもしれない。ロウとの舌戦が思わぬ影響を生んでいて、気を付けないといけない。スーとアーヤさんがびっくりしてしまう。お淑やかな令嬢の仮面はすっかり取れているけど、穏やかで心優しい友人像は壊したくない。
私は微笑で返答を避けていると、魔王は「だから」と話を戻した。
「これからはリリアを覗くことはしない。ちゃんと会いに行くし、手紙を書く。俺たちの関係は、俺が一方的に知っていて、リリアは知らないという歪なものだから、関係を作り直したいんだ」
「手紙、ですか……。そういえば、もらったことは無いかもしれませんね」
「ほんとか! じゃあ俺が初めてになるな! 何を書こう。悩んでしまう」
声に元気が戻り、いつもの調子に近くなった。嬉しそうに頬を緩めている魔王を見ると、鏡で覗くことをやめても気質は変わらないんだろうなという気がしてくる。乾いた笑みになってしまった。
「えっと、楽しみにしていますね」
手紙のやり取りをするというのは悪くない手に思える。二人を知って決めようとしているので、ちょうどよかった。その中で魔王の他の面を知っていけばいい。
あ、ということはロウとも手紙を? いや、けど届け先を知らないわ。
だがそれを考えると、魔王とは歩けば会える距離にいるのに手紙を書くことになる。考えてもしかたがないと、私は笑みを深くして歩き出した。立ったままだと少し冷えてきた。
「あぁ、リリアのことを色々教えてほしい。そして、週末にはデートをしよう」
そう言って微笑んだ魔王の声は甘い響きを含んでいて、気恥ずかしさを覚えた私は顔を見られず、花々に視線を向けて歩くのだった。
この辺りからクライマックスへと向かうため、書きため期間に入ります。申し訳ありませんが、しばらくお待ちください。だいたい6月下旬には割烹でお知らせします。




