122.魔王様と庭を散歩
仕事が終わってすぐに部屋へ戻った私は、シェラから夕食後に魔王が話をしたがっていると伝えられた。食後の運動に散歩でもということらしい。さすが魔王様、仕事が早い。できれば私から申し出たかったけれど、ありがたく受けることにする。
簡単に夕食を済ますと、シェラに身支度を整えてもらった。カジュアルなワンピースドレスで、コルセットのないゆったりしたデザインだ。細かな花柄の模様が可愛らしい。朝と夜は涼しくなってきたので一枚薄い上着を羽織った。
しばらく待っているとドアがノックされ、シェラが応対に出る。顔を出したのは魔王で、てっきり瞬間移動で来るのかと思ったから少し驚いた。部屋に入ってきた魔王は、マントや装飾を取ったシャツとズボンという楽な格好をしていて、数歩入ったところで立ち止まると探るような目を向けてきた。
「あの、リリア……少し話がしたい」
なんだか表情が硬くて、重い話なのかなと身構える。昼間ロウのことがあったから、楽しい話ではないだろうけど……。
「はい、私もお話がしたかったです」
まっすぐ見つめ返して答える。
「あっ……そうか。じゃあ、庭園を散歩しながら話そう」
「そうですね」
魔王が先に歩き出し、私はそれについて行く。ちょっと会話がぎこちなかった気がする。
どうしたのかしら……。いつもと空気が違うわ。
不安に思いながら黙っていると、庭園に出た魔王がぽつりと言葉を漏らした。
「ずいぶん涼しくなったな……」
外に出るとひんやりとした風を感じて、歩くのにちょうどいい気温だ。月明りとランプの光に照らされた庭園は、季節の花々で彩られている。
「そうですね。過ごしやすくなりました」
魔王は少し立ち止まると私と並んで歩き出す。一瞬目が合ったけれど、外は灯があってもうす暗く、色合いまでは分からない。
二人の足音だけが響き、どう切り出そうか考え出したところで魔王が口を開いた。
「あの、リリア。最初に謝らないといけないことがある」
予想外の出だしで、心当たりのない私は首を傾げる。
「謝ることですか?」
「あぁ……」
魔王は一度言葉を切ると、少し間を空けてから続きを話し出した。
「実は、リリアが謁見の間から出た後、ロウとのやり取りを見ていた」
「え?」
待って。見ていたって、鏡で? 水晶浮いてなかったけど……。
「まさか無断で?」
目を丸くして魔王を見上げると、バツが悪そうな顔が照らされていた。きっと出て行った私たちが気になって、見ずにはいられなかったんだろう。気持ちは察することができる。できるが、それとこれとは別。
「約束と違うじゃないですか」
「すまん……。リリアがロウと一緒に消えてしまうんじゃないかって、不安だったんだ」
魔王を声は弱弱しく、いつもの威厳を感じられない。親にまずい状況を報告する子どもみたいに見えて、不思議と怒りはわかなかった。それよりも呆れが強い。
「仕事を放り出して行くなんてありえませんよ。そんな薄情で責任感のない人に見えます?」
「あ、いや、そういうわけではなく」
小道を歩きながら棘のある声で返すと、魔王はしどろもどろになった。
というか、見ていたってことは、やりとり全部見られていたってこと? あ、それなら逆に説明しなくても済む?
話したかったことはロウとのことだったので、会話を覗いていたのなら話は早い。
「見ていらしたならお分かりになったでしょう? 私にロウと婚約する気持ちはありません。まあ……諦めさせることはできなかったんですけど」
そこだけは今日の反省点だ。
「あぁ……リリアの今の状態がいいという気持ちも、ロウが本気だということも伝わった。だが俺は、指をくわえて見ているだけなんてできない」
魔王の足が止まる。私も立ち止まって見上げれば、真剣な瞳があった。ちょうど足下にランプがあって、その光が映る瞳がゆらりと揺れる。
「だから俺、決めたんだ」
穏やかだけれど芯のある声で、私は続きに耳を傾ける。魔王は一瞬躊躇う素振りを見せたが、顔を引き締めると口を開いた。
「俺は、ストーカーをやめる」




