121.友達は道しるべのよう
「それが分からないから、困ってるのよ……」
正直な気持ちを口にしたら、スーとアーヤさんは目をパチクリとさせて顔を見合わせた。顔を正面に戻し、アーヤさんが口を開く。
「リリアさんはどちらかと恋人になりたいとは思わないんですか?」
恋人。その響きは私の胸をざわつかせるけれど、どっちと迫られても答えが出ない。
「今のところは何とも……」
自分でも言っておいてどうかと思うけれど、どっちつかずというのが正しい。私がこんな状態だから二人も何と助言をしていいのか分からないのだろう。スーは「う~ん」と唸ると、あっと閃いた。
「両方試しにつきあってみたら?」
「不誠実!」
良案が浮かんだのかと期待したのに……。
スーからそんな軽い女みたいな発言が出ると思わなくて、少しショックを受けているとアーヤさんが「いいんじゃないですか?」と話を引き継ぐ。
「二人で迷っているなら、期間を決めて付き合ってみて合うほうを選ぶというのは公平かと思います」
「いや、恋人でしょう? そんな服を試着するような感覚で付き合うのはちょっと……」
「リリアって、意外と固いよね。一生を共にする可能性があるんだから、一定時間一緒に過ごして見極めるのも大事だと思うんだけど」
「えぇぇ……」
二人がそこにひっかかりを感じないことが驚きで、魔族の考え方なのかもしれない。アイラディーテで令嬢がそれをすれば、ふしだらな女扱いされる。多くの男性から婚約を申し込まれるのは誇らしいことだが、天秤にかけるように不特定多数の男性とデートすれば眉を顰められるのだ。結局は親が相手を決めることも関係していると思う。
ここはミグルドなので、そのような考え方も一理あるのかと一応話は聞いておく。
「ちなみに、どれくらい付き合えばいいのかしら……」
「そうねぇ。好きに決めればいいと思うけど、少なくとも一か月以上よね?」
「そうですね。短いと相手のことがよく分かりませんし、長すぎると相手の気が変わる可能性がありますし」
「……なるほど」
こういうところは、魔族は合理的な考え方をすると思う。正々堂々の勝負を好み、負ければ大人しく引き下がるところも関係しているのだろう。アイラディーテで同じようにすれば、選ばれなかったほうに逆恨みされそうだ。それこそ、本当の意味でストーカーになりかねない。
試しに、恋人に……? いやぁ……でも。
ふんぎりはつかない。私が乗り気でないので、スーが「じゃあ」と違う方向から話を始めた。
「いっそのこと二人とも振ったら? 賭けている私としては痛いけど、リリアがどうしても二人が考えられないっていうなら仕方がないと思う」
まさかの第三の選択肢を出してきて、私は目を丸くした。盲点というか、二人から選ばないといけないって思い込んでいたことに気付く。
「たしかに。それでお二人が納得されるかはさておき、リリアさんの答えとしてはありえますね」
どう? と二人の視線を受け、私は「う~ん」と思い悩む。新しい視点ではあるのだけど、簡単に飛びつけなかった。罪悪感が邪魔をしたのだ。
「それは……なんか、申し訳ないって思っちゃうんだけど」
「もうリリア。優柔不断というか、意思がなさすぎ!」
仲がいい分、スーは遠慮なく言葉をぶつけてくる。その通りすぎて、私は視線を落とした。これだけ話を聞いてもらって、アドバイスをもらっても心が決まらないのだ。
「だって、どれだけ考えたって選べないんだもの! それに、今までろくに恋愛をしたこともないし、正直恋人ってよくわからないわ……」
「じゃあ、なおさら試せばいいじゃない。デートをして相手を見極めるの」
「それがいいですよ~。楽しいお話も聞けそうですし。あ、ちゃんと恋人として、結婚相手としてどうかと考えながらデートするんですよ?」
二人は「お試し」一択のようで、私も聞いているうちにそれでいいのかなという気になってくる。何にせよ、考えているだけでは始まらない。
私は二人の顔を交互に見ると、よしと頷く。
「スー、アーヤさん、ありがとうございます。私、頑張ってみます! 相手を知ってから判断したいと思います」
改めて考えてみれば、魔王の過去やストーカー行動に関してはよく知っていても、彼の内面はさほど詳しくない。ロウについても、野望や家のことなど深い部分を知っているわりには、彼の日常生活や趣味などささいなことは聞いたことがなかった。
二人のおかげで前向きな気分になっていると、スーがからかうように口角を上げる。
「けど、案外別の人が横からかっさらっていったりして」
「あ~、恋は衝動って言いますもんね」
「ちょっと、二人とも余計なこと言わないで?」
せっかく方向性が定まったと思ったのに、またぐるぐる悩んでしまいそうだ。私はこれ以上惑わされないように、「仕事に戻りましょう」と立ち上がった。そんな私を見て、二人は楽しそうに笑っていて、「仕方ないわね」と腰を上げる。
私は仕事机の席につくと、気持ちを切り替えて書類の山に手を伸ばすのだった。