118.正攻法と邪道
ゼファル自身も、謁見の間でなぜリリアに婚姻を申し込んだのかと問うた。それに対する返答は一応理解を示せるものだったが、本音が聞けるのではと身を乗り出す。
「……野望?」
ゼファルはロウの言葉を繰り返し、ヒュリスに何か知っているかと目で尋ねれば、首を横に振られた。二人ともロウ・バスティンの功績や周りからの評価は知っていても、その内面までは知らないのだ。
「出世でしょうか」
「その可能性はあるな。上昇志向が高いと聞いているし」
ゼファルはしばらく野望について考えを巡らせたが、今考えるべきことではないと首を横に振った。
「何にしても、そのような深いところまで話す仲なのか……いや、つきあいの長さでは俺が勝っている」
小声で張り合うゼファルだったが、続くリリアとロウの会話に冷や水をかけられたような衝撃を受けた。耳を塞ぎたくなる。
人間は嫌いだが、リリアのことは好ましいと言う。
物のように扱ったことを謝り、自分の立場が悪くなっても構わないと覚悟を示す。
とどめは、魔王への宣戦布告だった。
「これは……並みの女性なら落ちますよ。計算づくなら知将ですし、天然なら人たらしです。誰かさんと違って、正攻法であることが好感を持てますね」
「俺が邪道だと?」
「そりゃあ、子どもの頃から一方的に見続けて、窮地に攫ってくることのどこが邪道ではないと? これが恋物語なら、ヒーローはロウで、魔王様は悪役ですよ」
冷静に分析するヒュリスの言葉に不安を煽られたゼファルは、姿見の左右を掴むと揺り動かす。
「リリア、流されるな! そんなやつ、張り倒して断ってしまえ!」
必死の声が虚しく響き、ヒュリスが遠い目になったその時、王族の居住区に通じるドアが開いた。だが、鏡の中のリリアに集中しているゼファルは気づかない。
「横暴ですよ。魔王様……」
ヒュリスは音もなくドアを閉めて近づいてきた人物に目を留めると、会釈をする。
「くそっ、ロウのやつ。もしリリアに不埒な真似をしようとすれば、即刻消す。リリアを好きにさせられると思ったら、大間違いだ!」
ゼファルはその人が王座のある高台に裏の階段から上ってきても気づかない。それほど視野が狭くなっていた。ヒュリスが三歩後ろに下がると、彼女は拳骨をゼファルの頭に落とす。
「見苦しい! 勝手に覗いて喚いているほうが大間違いよ!」
突如襲われた痛みに、障壁を出して振り返ったゼファルは、「げっ」と呻いて目を剥いた。ヒュリスは裏手の階段を下りて、安全な場所に下がっている。
「ヴァネッサ!? お前何しに、あっ、ヒュリス、お前が呼んだな!?」
ヒュリスは近衛兵を下げる時に、ちょうど軍部で合同訓練をしていたヴァネッサに来てもらうよう言付けを頼んだのだ。時間を考えると、ヴァネッサは聞いてすぐに来てくれたのだろう。
静かにその場から消えようとしていたヒュリスは、足を止めて振り返るとにこやかな笑みを見せた。
「姉弟水入らずがよろしいかと」
「裏切者! お前も一緒に見てたじゃないか!」
「私は止めましたよ?」
失礼しますと優雅に一礼し、ヒュリスは我先にと踵を返して出て行く。その背に刺すような視線を送るゼファルは、隣の姉が怖くて顔を向けられない。先ほどから無言で、怒りの圧を感じていた。
「あー……姉上、俺はこれから重要な会議が」
「そんなものはないから、鏡を見ていたのでしょ?」
「それにまだ昼を食べていないから、お腹が空いて」
「良心と節度を忘れたようだから、空腹も忘れられるわね?」
何を言っても被さるように言い返され、ゼファルは口をつぐむ。問答無用の暴力なら障壁で防げばいいのに、言葉となると耳を塞ぐわけにもいかない。瞬間移動という奥の手はあるが、それをしたが最後、地の果てまで追いかけられ地獄を見ることを経験で知っていた。
「さあて、ゼファル。覚悟はいい? お姉様に何があったのかお話してくれるかしら」
武闘派である姉の、わざとらしいほど丁寧な言葉に、ゼファルは鳥肌が立った。先ほど殴られた頭は熱を持って痛みを訴えている。
断ることはできず、ゼファルは鏡を消すと視線を伏せて供述を始めるのだった。




