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116.宝物を覗く時、自分の本質が曝け出される

「魔王様、それはリリア様との約束に反するのではありませんか?」


 ヒュリスは無断で覗こうとしているゼファルに対し、強めの口調で諫める。リリアがミグルドに来る前、ゼファルはほぼ毎日見ていた。ヒュリスは仕事が捗るならと、飴としてリリアを見ることを黙認していたこともあって、良心の呵責が強いのだ。


 だが、余裕のないゼファルは短く吐き捨てる。


「俺が死ぬ」


 そう言うなり鏡を操作して、リリアの姿を探す。最初に映ったのは謁見の間の前だが、二人の姿はない。険しい表情になり、目が血走っていた。


 そんな主の姿に、ヒュリスは一近衛兵には酷だろうと用事も言づけて謁見の間から出させた。訓練されているため表情には出さなかったが、ほっとした様子で足早に出ていく。

 そのやり取りを気に掛けることなく、ゼファルは周辺を探っていた。


「どこに……仕事に戻ったか?」


 ぶつぶつと呟きながら、人間研究部までの廊下、研究部の部屋と見ていくがいない。昼時だから食堂かと場所を切り替えて見てもいない。ならば、自室かと覗いてもいなかった。焦燥感が足元から昇ってきて、口の中が渇く。


「リリア……」


 ロウとどこかに行ったのではと、もう自分の前には現れないのではと最悪の事態を想定したところで、そうだと思いつく。


「これを使えば」


 右手で鏡に映す場所を変えながら、左手で空間を裂き突っ込むと目当ての物を引きだす。その手に握られていたのはハンカチで、開けば黄色に近い金色の髪が数本巻かれた状態で包まれていた。


 王座の傍まで戻ったヒュリスは、それが何か分かると眉間に皺を寄せた。


「魔王様……まだ持っていたんですか」

「有事の際に必要だからな」


 言わずもがなリリアの髪で、アイラディーテの第二王子に攫われた時は発見に一役買ったものだ。しかし、今は状況が違う。


 ヒュリスは窘め、やめさせるべきとは分かっているものの、こうなったゼファルが意思を曲げないことはよく知っていた。そして、リリアとロウがどうなったかは、正直気になっていたのだ。


 昔のような葛藤を抱えつつ鏡をのぞけば、二人の姿が映っていた。魔王はすぐに魔力を辿って見つけたのだろう。


「ここ……兵舎ですね」

「あっ、ばか! 警戒もせずに部屋に! 今助けに行く!」

「やめなさい!」


 ヒュリスは思わずゼファルの腕を掴んだ。今乱入すれば目も当てられない修羅場になりそうで、魔王の品位を保つためにも必死に阻止した。二人とも鏡からは目を離さず、ヒュリスはロウの言葉を読み取り、ゼファルはその言葉を耳にした。


 襲われても文句は言えないぞ、と。


 二人はごもっともとすぐに言葉が出てこなかった。ゼファルは身を乗り出したまま動きを止めたので、ヒュリスはそっと手を離す。


「リリアはそういう、ちょっと抜けたところがかわいいんだ」

「まあ……抜けたというか」


 流されやすい、の一言は飲み込むヒュリスだ。


 リリアは部屋から出て周辺を見ていた。


「あ~、ぼんやりと空を眺めるリリアもかわいいなぁ。何を考えてるんだろ。そろそろお昼だから、食堂のメニューかな。あぁ、一緒に食べたい」


 愛しい人を見守る優しい目なのに、その奥に離さないという狂気が垣間見える。


「あ、ロウが出て……お腹が鳴るリリアだと! 生で見たかった!」


 本気で悔しがるゼファルに、さしものヒュリスも引いてしまう。魔王の奇行に慣れてはいるが、理解はできない。


「おや、一緒にお昼を食べるようですね……」


 ゼファルが一緒に食べたいと言った矢先で、当てつけられた形になる。鋭いゼファルの舌打ちが響いた。


「ロウ……昇進を取り下げてやろうか」

「私情を挟むのはおやめください」


 先ほど謁見でリリアを求められたのは予想外だったが、もともとロウは昇進させることになっていた。ゼファルは苛立った声を出す。


「なら、完全に軍部のみの勤務にするか、屋敷をつけて北方の守備部隊長にでも……」

「無理ですよ。彼、政務部からの残留希望が多いので」

「くそっ。無駄に有能だな、本当に!」


 心の底からの叫びだった。


「魔王様、情けないです」


 ヒュリスがこの姿はリリアさんに見せられないなと思っていると、ゼファルは渋い顔で椅子に深く座り直した。


「リリアのことになると、正気ではいられないんだ……」

「愛が深すぎるのも考えものですね。……あ、あの部屋は」


 注意が鏡へと向けられる。鏡の中の二人は小さめの部屋に入ったところだった。


「軍部にある歓待用の部屋か。……キョロキョロしてるリリア、かわいい」


 魔王の顔とストーカーの顔が頻繁に入れ替わり、不安定さが表れていた。ヒュリスはそれが、コップに注がれた水が盛り上がってギリギリを保っている状態に思えて、一歩距離を置く。何かあった時に、対処するためだ。


 そして軽口をたたき合って注文を終えたロウが、皮の手袋を外す。その手首に巻かれた青色が目に飛び込んだ瞬間、ゼファルを中心に部屋が揺れた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 魔王様の行動にヒヤヒヤさせられました。余裕が無さすぎて、やばいですね。ヒュリスが止めてくれてほんとに良かったです(; ̄ー ̄A 勝手に覗いたあげく突然乱入してきたら、さすがのリリアもドン引…
[良い点] 有事 [一言] リリアは流されてるというより、流れの方向に向いて勢いよく泳いでるような気もする今日この頃
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