113.ロマンチスト?
手首に巻かれていたのは私があげた青色のリボンで、結び目をほどくと巻きとっていく。
「返せと言われたからな」
まさかそんなところにつけているとは思わず、まじまじと見てしまった。
「本当に戦場へ持って行ってたんですか?」
「あぁ、恋人のハンカチを持っていた兵士が無事生還したという逸話にあやかろうと思って」
「恋人!?」
変わってるなぁぐらいの認識だったのが、その一言でひっくり返った。それと同時になぜこの話をした時にスーが微妙な顔をしていたのかも理解する。
「何勝手に恋人扱いしてるんですか!」
「そうなればという期待も込めてだ」
涼しい顔でリボンを返してきたロウに、水をぶっかけたくなった。ぬくもりが残るリボンをスカートのポケットに突っ込む。
反省の色、というか悪いと一欠片も思っていないのだろう。そんな逸話なんて鼻で笑いそうなのに、信じたというのが意外だ。ふと、スーがロウに対して使った言葉を思い出す。
「ロマンチスト……」
あの時は意味を聞かなかったけれど、今なんとなくわかった。きっと、夢物語のようなものを信じている人のことなんだろう。
「よく知っていたな、魔族の言葉なのに。まあ、何でも信じているわけではないが、今回は生きて戻りたかったから」
「それは……よかったですけど」
「それに戦場でも微力ではあるが力をもらえた。だからどうだ? 逸話を本当にしないか?」
その流れでまた恋人になることを提案してくるロウの話術というか、心臓の強さはすごい。そして微力は余計だ。
「しません。諦めてください」
謁見の間で言えなかった分、はっきりと自分の意思を示す。さっさと諦めてほしいのに手ごたえがない。ロウは表情を変えずに、シャツの袖を戻し手袋を嵌めていく。
「なぜ? 私もお前も婚約をしていないし、恋人もいない。何も問題はないだろう」
「だから私の気持ちです!」
「気持ちなど後からどうとでもなる」
スーと同じことを言われ、魔族ってそういう考えなのかと釈然としないものを抱えていると、手袋を嵌め終えたロウがテーブルに両肘をつき、指を組ませた。それだけで威圧感があり、背筋が伸びる。
「それとも、誰か思いを寄せている人がいるのか?」
矢のようにまっすぐな目と、質問だ。
痛いところを突かれた時のように、ドキッと心臓が音を立てた。
好きな……人。
自分に問いかけても答えは出ない。よくわからない胸の奥のざわめきと、もやもやがあるだけだ。
「……たぶん、いませんけど」
馬鹿正直に答えてから、誰でもいいからいると答えれば終わったんじゃないかと気づく。
あ~、私の馬鹿! こういう時のための嘘でしょう!
自分の気持ちを受け止めてもらえる環境に慣れ過ぎて、言わなくてもいいことまで言ってしまった。
黄色い百合令嬢と呼ばれていた頃の自分なら、もっと卒なく躱せたはずなのに。
私が内心後悔していると、ロウは勝機を見出したような表情で満足そうに頷いた。
「それならば私が諦める理由はない。まあ、リリアに好きな人がいようが、恋人がいようが、最後に私が勝てばいいだけだが」
「心が鋼すぎません!?」
折れないにもほどがある。どうしたものかと先行きに不安を覚えていると、ドアがノックされ料理が運ばれてきた。
料理を運んできたのは先ほどの料理人で、一度会話を中断する。お肉のいい香りがしていて、くぅとお腹が嬉しそうに鳴った。お皿を置く音に紛れて聞こえてないことを願う。
意識はすっかり料理に持っていかれる。
皮がパリッと焼かれた鶏肉にレモンのソースがかかり、切られた果実も添えられていた。ロウも同じ鶏肉だが、見るからにソースが赤く辛そうだ。別皿にはパンが積まれていて、小麦のいい香りが肉に負けていなかった。スープには野菜がたくさん入っていて、栄養も十分である。
おいしそ~。
料理人が出ていくと、さっそくナイフとフォークを取ってお肉を口に入れる。待ちわびたお肉は、鶏の味が強く脂をレモンの酸味が和らげてくれていた。肉には香草もまぶされていて、見た目以上に複雑な味と香りになっていた。それでいてお互いを邪魔しないのだからすごい。
「おいしいですわ」
自然と笑顔になり、パンをちぎって食べればこれも質が高い。軍部の食堂だから質より量かと思っていたが、これは考えを改めなくてはいけない。
「そうだろう。軍部にくれば毎日食べられるぞ。こちらで働かないか」
隙あらば勧誘してくる。
「嫌ですわ。今の職場が好きなので」
「それは残念だ」
ロウはきれいに肉を切り分け、辛そうなソースをたっぷりつけて食べている。絶対味覚がおかしくなっていると思う。
サラダもナッツの食感が楽しく、おいしく食べ進める。純粋に食事を楽しんでいると、ロウから意味ありげな視線を向けられていることに気付いた。不躾に感じて目くじらを立てる。




