109.謁見の間にて
扉が開き、王座に魔王が座っている。その隣にはヒュリス様が立っていた。二人とも私を見て少し驚いた顔をしたが、大きく表情を変えないのはさすがだ。たぶん私が一番動揺している。
ほんとにどういうつもりなのよ!
後ろでドアが閉まり、細長い謁見の間には四人だけ。どうも叙勲を行うような公的なものではないのだろう。魔王の服装も式典ほどの格式はない。
ロウは堂々と魔王の前まで歩み寄ると、片膝をついて臣下の礼を取る。私もその後ろに倣うべきかと腰を落としかければ、魔王とロウ二人に手で止められた。だから、私はロウの三歩後ろで立つという居心地の悪い状態になった。
魔王に訝し気な視線を向けられていたので、私も何故かわかりませんと小さく首を横に振る。魔王は一度ヒュリスに顔を向けて小声で何かを話すと、顔を戻した。
「始める前に少し聞くが、なぜリリアがここに?」
さすがに私が突っ立ったまま謁見を始めるのも気がかりだったのだろう。魔王がそう尋ねれば、ロウは頭を下げたまま芯の通った声で答える。
「話の流れによっては、彼女がいたほうが早いと判断したためです」
答えになっていない。魔王がどういう意味かと目で問うてきたけれど、私にも全く分からないから同じく首を横に振った。魔王はロウが見ていないのをいいことに、不可解な表情で首を傾げてから君主の顔を作る。
「分かった。それならば、同席を認めよう」
えぇぇ、ゼファル様私を帰してよ。
場違いな私の戸惑いはそのままに、謁見が始まってしまった。魔王は一度咳ばらいをすると、鋭い視線をロウに向ける。
「ロウ・バスティン。今回の活躍見事だった。顔を上げるがいい」
「はっ。恐れ多くも謁見の機会を賜り、恐縮でございます」
ロウがしっかり臣下の受け答えをしていて、私との落差に別人に思えてくる。
「お前が敵将の首を落とすところを見ていたが、素晴らしい剣の腕だった」
遠見の能力が正しく使われたようで、常に政治や軍事に使えばいいのにと思う。
「この剣は魔王様のためにあるものです。驕らず、さらに精進いたします」
「期待している……。それで、見ていて気になったのだが、総大将が持つ大斧には魔石が嵌っていたな。決着がつく直前、あれが光ったように見えたが何か術が発動したのか?」
そう魔王が戦況を話してくれたので、私もなんとなくロウがどんな敵と戦ったのか分かった。大斧を持つのだからきっと体は大きく、厳めしい人だったんだろう。ロウがどうやって勝ったのかは気になっていたので、好奇心が抑えられない。
この際、生の話が聞けることを楽しむことにした。
「はい。あの大斧は空間魔術が仕込まれていたようでした。魔王様はリリア殿から私が空間魔術を相殺できる指輪を持っていることをお聞きになったでしょう。運よく効果を打ち消せたので、首を取れたのです」
彼の右手に嵌る指輪は、魔力を流すことで一日に一度だけ空間魔術を相殺か同調することができる。それを使ったのだと聞けば、とっさの判断に舌を巻く。それは魔王も同じようで、感心したように顎に手をやっていた。
「なるほどな……魔石の効果が空間魔術だということは、見れば分かるのか?」
「いえ……これは、指輪を付けていることで空間魔術の気配に敏感になっているからだと思います」
「魔術の気配なぁ。武人らしい言い方だ」
ロウは気配というが、私には何のことかさっぱり分からない。ひとまず理解できたのは、あの指輪はすごいということで、ますます欲しくなった。一点ものというところが残念だ。
「いえ、魔王様であれば赤子の手を捻るように容易く討ち取られたでしょう」
「まさか……俺は防ぐので精一杯だろうさ」
そこで少し間を取った魔王は、表情を引き締めると威厳のある声で次へと入った。
「さて、ロウ・バスティン。ミグルドでは武功を上げたものには望みを訊くのが慣例となっている。よって問うが、何か望みがあるか」
騎士であるロウへの褒賞が昇進であるのは間違いないのだが、形式として一度問うのだろう。最近読んだ小説でも、戦で勝利を収めた主人公が地位の代わりに土地や何かの権利をもらう話があった。
ロウのことだから、高望みしそうだわ。
自分の野望にまっすぐなので、遠慮なんてしないだろう。そう思いながらロウの返答を待っていると、彼は立ち上がり体の向きを変えて私の方に歩いてきた。
……ん?
隣に立ち踵を返したロウはまっすぐ正面から魔王を見据えると、胸に右手を当てて軽く頭を下げた。
「魔王様、私は此度の褒賞に地位ではなく、リリア殿をもらい受けたいと思います」
「は?」
「えっ」
「えぇぇ!?」
魔王、ヒュリス様、そして一番大声を出したのが私。驚愕して顔が引きつり、次の言葉が続かなかった。聞き間違いだったんじゃないかと耳を疑う。だが、混乱する頭に、ロウの断言する声が届く。
「わたくし、ロウ・バスティンはリリア殿に婚姻を申し込みます」