104.鏡の中の戦場と花
鏡には広く戦場が映っており、砂煙が上がっていた。両軍がぶつかり合い、あるところでは自軍が、あるところでは敵軍が押し込んでいる。音は出ていないが、映る景色からは剣と鎧がぶつかる音、雄たけび、悲鳴、馬の嘶きが聞こえてきそうだ。
混戦になりやすい平地での戦いでは、味方を巻き込む恐れが多い大規模魔術は使わない取り決めがある。特に西の部族は魔力よりも武力を重視しているため、武器と拳で戦う者が多いのだ。ゆえに戦場に派手さはなく、純粋な力と力のせめぎ合いとなっていた。
「この半年で、向こうも軍力を増強したか……」
「ですね。数年前に比べると各部族が連携しているので、打ち崩しにくくなっています」
「それほど向こうの総大将に求心力があるということだろう」
昔は各部族が単独で攻めて来ており、各個撃破すればよかった。だが、この数年は連合軍を結成するようになり、年々軍としての統率が取れてきている。そのせいで、西は苦戦を強いられることになったのだ。
「思ったより負傷兵が出ているか……二割で済めばいいが」
「あとは現場に任せるしかありませんからね」
今この瞬間にも命が失われているが、そこに悲しみを向けることは国命として軍を動かす二人には許されない。戦争は、被害を織り込んで起こすものだ。
そして二人に軍略の才はなく、武芸にも秀でいないため戦場において指揮をとることもできないし、自分の役割ではないことは理解していた。しかし、そう割り切ってはいても、何もせず見ているだけというのは歯がゆい。
しばらく無言で戦況を見守っていた二人だったが、両軍に動きを感じて声を上げる。
「何かありましたね」
「あぁ……何だ?」
互いに身を乗り出して状況を把握しようと目を凝らす。すると、混戦状態だった固まりの中から、一つの隊が抜きんでて敵の本陣へと駆けていった。速度と砂煙の上がり方からして騎馬隊だろう。
「突破したのか、やるな」
あの分厚い守備を破るのはなかなかのものだ。敵の本陣正面を突き進んでおり、このままいけば本陣の喉元に食らいつけるかもしれない。二人は固唾を飲む。だが、次の瞬間敵軍にも動きがあった。
「えっ」
「なぜ」
本陣を守る前衛が左右に分かれたのだ。まるで突撃する騎馬隊を迎え入れるようで、ありえない。そして、戦場を拡大して目に飛び込んで来た人物に、二人は口を開ける。
「総大将じゃないか」
ゼファルは目を見開き、思わず声が漏れた。
大斧を肩に担ぎ、屈強な馬に乗って兵士たちの中から出てきたところだった。ゼファルが集中して音を拾えば、周りの部族たちの大歓声が鼓膜を突き破りそうになったので慌てて切る。
「これってまさか……」
ヒュリスは唾をのむ。
異様な盛り上がりに予想される展開は一つしかない。前進していた騎馬隊は待ち受ける敵軍の手前で停止し、一人の将が前に出てくる。
「一騎討ちだ」
「一体誰が!?」
ヒュリスが珍しく声を大きくしていた。それほどこの西の部族との戦いで一騎討ちというのは珍しい。正面からの戦いを好むという性格上、魔族にとって一騎討ちは最高の誉れであり戦場の花だ。だが、総大将に挑むためには、将を三人討ち取らなくてはいけないというのが両軍の定めだった。
ゼファルは二人の戦いが鏡に収まるようにさらに拡大すると、一騎打ちを挑んだ将の顔が見えた。
「なっ」
「まさか!?」
黒い鎧を身につけ、兜から覗く髪もまた黒。ガントレットを嵌めた左手が握る剣と、総大将から視線を外さないその顔には、討ち取った敵の返り血がついていた。
ゼファルは呆然と呟く。
「ロウ・バスティン」
予想外の人物が踊り出た。ロウは馬から降り、堂々と立つ。彼の後ろには騎馬隊が控えていて、口々に鼓舞しているようだった。対する総大将も馬を下りる。地面に下りても明らかに体が大きく、力を誇示するように大斧を頭上で振り回した。
緊迫。最初に動いたのは、ロウだった。




