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103.鏡の中の戦場と次兄

 西の遠征軍が王都を立ってから二週間後、全軍が合流したのを見計らって魔王による鼓舞が行われた。西の領地軍も遠征軍も士気は高く、兵士の中には西部戦線の終結を豪語するものもいたほどだ。


 夜には盛大に酒宴が開かれ、ゼファルは領主であり将でもある次兄と話したり、各部隊長に声をかけたりと王の役割を果たしていた。通常であれば翌朝開戦の号令をかけるのだが、200年前に当時の魔王が陣内で誅殺されたこともあって、慎重な意見がいくつか出た。そのため、宴が終わりに差し掛かった頃にゼファルは王都へと戻り、翌朝魔鳥にて開戦を知ったのだった。


「開戦したか……これで何度目だろうな」


 軍が使用している黒い魔鳥の足から細く巻かれた紙を取り出して読んだゼファルは、一読するとヒュリスに紙を投げ渡した。馬で一週間ほどかかる距離を瞬間移動で往復したため、魔力を消費した気だるさが残っている。最近6割ぐらいまで魔力が回復したのが、半分に減ってしまった。

 ゼファルは気休めの回復薬を飲み、背もたれに体を預ける。


「今回の休戦は半年ほどしかもちませんでしたね。いい加減終わってほしいものです」

「あぁ。あの部族連合軍は総大将が倒れれば全部こちらにつくと思うんだが、その首が取れないんだよな」

「大斧を振り回す御仁と聞きましたが、ご覧になったことは?」

「ある」


 そう答えたゼファルは空間から大きめの鏡を取り出して机に置くと、西の戦場を映し出した。開戦から時間が経っており、広大な平原で先鋒同士がぶつかり合ったところのようだ。鏡の上を滑らすように手を動かして目当ての人物を見つける。


「ほら、こいつだ」


 ゼファルが鏡をヒュリスへと向けると、彼は近づいて来てその人物をまじまじと見る。


「熊みたいな人ですね。この戦闘スタイル、軍務卿と同じですか」


 本陣の奥ではなく手前に陣取り、木で組まれた物見やぐらの上から戦場を眺めていた。兜はしておらず、顔から推測すると50代手前に見える。だが年齢を感じさせないほど軽鎧に身を包んだ体は大きく、むき出しになった筋肉は太く大きい。

 彼の得物は大斧であり、櫓の手前には飾られるように置かれていた。


「力で斧を振り回すタイプらしい」

「あの斧……魔水晶が嵌ってますね。何か特別な効果を持たせているのでしょうか」


 大斧は両刃で、その真ん中にあたる斧頭に赤い石があった。魔力を流せば効果が発動するものであり、大技が秘められているのかもしれない。


「分からんらしい。今まで一度もその効果が使われたことはないそうだ。フェラドがぜひ討ち取りたいと息巻いていた」

「第二王子の……ご健勝でしたか?」


 西の領主には魔王の座を巡って争った二番目の兄が就いていた。当時軍備増強し、人間側に勇者が出現したら攻め入るべきと主張した人物だ。ヒュリスは第二王子の確実に勝ちを取りに行く、静かな闘志を強く覚えていた。


 ゼファルは体を脱力させたまま、「あぁ」と視線を遠くに飛ばした。昨日の兄とのやり取りが思い出され、気が重くなる。


「何と言うか……聞く耳を持つようになっていて不気味だった」

「どういうことです?」


 ヒュリスは愚痴を聞いてあげようと思って水を向けたのだが、反応がいつもと違い目を瞬かせた。以前なら二人の兄と会った後は話が平行線を辿る苛立ちをぶつけていたのに。


「人間側に勇者が現れたかと聞くのはいつものことだったんだが、珍しく勇者が現れたらどう動くのかと具体的な話になった」

「フェラド様は比較的論理的な方でしたからね」


 その比較対象は一番上の兄とヴァネッサだ。二人は感覚、力で話を進めようとする。


「あぁ、建設的な議論になり、軍の連携強化に行きついたのは結局あいつの路線だったような気もするが」

「軍の連携強化ですか」

「あぁ。北部は平定され、東部は休戦協定を結んだだろう? 仮に西部も落ち着いた場合、一度中央軍と東西を交えて演習をすべきだとな。無論全軍は出せないが、一部でも親交を深めておけば連合となった時に練度が変わると」


 現状は領主がいる東西南北の軍と王都にある中央軍はそれぞれ独立しており、兵士間の移動はあるものの、隊規模での交流はなかった。それは部族と接している北、東、西が国境線に睨みを効かさなくてはならなかったためでもある。

 ヒュリスは顎に手をやると、「なるほど」とその案を検討する。


「たしかに一理あります。今回のように遠征軍を出した場合、現地の軍と共同作戦を取れれば戦術が広がりますからね」

「そうなんだ。それで、建国祭に合わせてやるという案を今度会議で出そうと思う」

「悪くありませんね。建国祭は三か月後、参加する軍はその時の情勢に左右されるでしょうが、十分準備できると思います」

「では後は任せた」


 ゼファルがだいたいのイメージを伝え、実現のための立案や各部署との折衝はヒュリスが引き継ぐのがいつもの流れだった。


「かしこまりました」


 ヒュリスは軽く頭を下げ、話が終わったところで鏡に視線を戻す。今日、二人の公務は多くない。時間が許されるまで戦況を見守ることにしていた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 予言の話が多少漏れ伝ってるんでしょか もし具体的にリリアの子だということまで伝わっちゃったらえらい騒ぎ&実害になりそうな気はします
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