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100.別れの挨拶

「別れ?」

「あぁ、この度西へ遠征部隊として出立することが決まった。挨拶は不要かとも思ったが、知らぬ仲ではないからな……。最低限の礼儀として来ただけだ」

「西へ、遠征……まさか左遷ですか?」


 西へ行くと聞いて真っ先に浮かんだのがそれで、ロウに対して遠慮がなくなっている口が見事に滑らせた。それを聞いたロウは眉を吊り上げる。


「馬鹿か? 栄えある出征に決まっているだろ。私は騎士で、軍務卿の息子だぞ? 戦場で武功を立てなくてどうする」


 一瞬魔王が裏で動いたのかと勘ぐってしまったが、自分から望んでのようだ。ロウは 戦場へ赴くというのに怯えは一切なく、むしろ意気込みが溢れ活躍を疑っていない。好戦的な笑みを浮かべ、語気を強めた。


「野望達成のためにも、私は名をあげないといけないからな。リリアはここで私が高みに登るのを見ているがいい」


 すでに戦果をあげた気になっていて、すごい自信だ。


「くれぐれも、無理はしないでくださいね」

「あぁ……だが、その様子ではお前は無関係なのか」


 力強く頷いたロウだったが、少し拍子抜けした様子でそんなことを言い出した。何やら疑われていたようで、ムッとする。


「何がです?」

「いや、今回ありがたくも指揮官として騎馬隊を任されたのだが、第一陣の先鋒でな。お前が魔王様に何か言ったのかと」

「……なぜ?」


 私に軍の知識はない。だから、第一陣の先鋒だと言われても、それが何を意味するのか分からない。私が理解できていないのが彼も分かったようで、顎に手をやると「なるほど」と納得していた。


「本当に知らないんだな。第一陣先鋒部隊は、戦線が開かれれば最初に突撃する部隊となる。真っ先に戦場に出られるから大きな戦果をあげられることもあるが、正面衝突からの全滅もありうる。ハイリスク・ハイリターンだな」


「ハイリスク・ハイリターン……」


 たしか、危険が大きいけど得られるものも大きいって意味だったわね。そっか、最初に敵とぶつかるから危険はあるけど、真っ先に武功を立てられるんだわ。

 ゆっくりと意味を咀嚼していると、肩の力を抜いたロウが喉の奥で笑った。


「てっきり、情報を与え過ぎた私を消すために、危険性が高い部隊に配属したのかと」


 やっとロウの疑念とつながった。つまり、知りすぎたロウを消そうと私が企んだと。


 なるほど、その手があったのね!


 もちろんやらないけれど、そういう考え方もできるのかと目から鱗だ。


「おい、その考えがあったかという顔は止めろ」

「あら、顔に出てました?」

「清々しいほどにな。だがまあ、これで気兼ねなく行ける」


 こちらの考えが筒抜けでは面白くないので、少し意地悪をしたくなった。ニィッと悪役っぽく口角を上げて、目を細める。


「あら、本当は私の策略だったらどうされたのかしら」

「生き残って戦場に名を残し、悔しがるお前を見るつもりだったが?」

「いい根性してますわね」


 本当に口が減らない。そんな調子だから、聞いているこっちは彼が命のやり取りをする戦場に行くという実感が湧いてこなかった。


「それで、いつ行くんです?」

「二日後だ」

「えっ」


 実感がなかったというのに、日にちを聞いた途端胸がざわめいた。ひりつくような緊張感が肌を撫でる。


「そう……ですか」


 声が沈んでしまい、出立前に辛気臭い顔を見せてはいけないと引き締める。考えが甘いと呆れられるかと思ったけど、彼は少し嬉しそうに微笑んでいた。珍しい柔らかい笑顔。


「リリア。魔族には戦地へ行く者に身につけているものを一つ渡して無事を祈る風習がある。よければ、私に何かもらえないか?」


 しかも穏やかな声でそんなことを言うものだから、本当にこれが今生の別れになる気がして胸が締め付けられた。分かりたくなかった現実が、目の前にある。


 この国が部族と国境で争っていることは知っていた。被害が出ていることも聞いたことがあった。だけどそれは、遠い地の話で、私の周りには関係がなくて。ただの情報にすぎなかった。


 それが自分と関りのある人の形を取った時、動揺から吐きそうになり指先が震える。


 どうしよう……もしこれが、最後になったら。


 急激に不安に襲われるけど、ロウが毅然としているのに私が泣くわけにはいかない。私は息を吐いて気を落ち着かせると、頭の後ろに手を回した。今身につけているもので手渡せるものはこれしかない。


 髪をまとめているリボンの端を掴んで引くと、するりとほどけ髪が広がる。私はロウの目をまっすぐ見返して、引き抜いた青色のリボンを突き出した。このリボンは私が雑貨屋で一目惚れして買ったお気に入りだ。


「これ、あげませんから。貸すだけですからね。必ず、生きて返しにこないと承知しません」


 声が震えそうになるのを我慢したら、少し怒ったような言い方になってしまった。それに対しロウは気を害した様子もなく、壊れ物を触るように優しく受け取るとしっかり握りしめた。


「あぁ。必ず返しに来る」


「はい、待っています」


 ロウはリボンを丁寧に畳んで上着の胸ポケットに入れると、用事は済んだと立ち上がった。名残惜しさなど微塵も感じさせず、軍人としてその辺りは割り切っているのかもしれない。私も立ち上がって戸口まで見送る。


「ではな、リリア」


「はい……ご武運を」


 最後に私と視線を合わせて微笑んだロウの姿が、ドアの向こうへと消えた。閉められたドアから虚しさが漂う。


 私に何ができるんだろう……。


 ただその想いだけが強く残り、その後の仕事に手がつかないのだった。


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