1.嘘つきは、婚約破棄される
「リリア・デグーリュ。お前のような嘘つきは信用できない。ここに詐欺の証拠を揃えた。よって、国外追放とし婚約を破棄する!」
熱気のこもった夜会が一瞬で静かになった。壇上で可愛いご令嬢の腰に手を回し、威勢よく言い放ったのは私の婚約者である第二王子。いや、今さっき元婚約者になったみたい。ちょっと言っている意味が分からなくて、言葉が耳を素通りしてしまい反応が遅れる。
「……何をおっしゃっているんですか?」
「俺はもう騙されないぞ。この大嘘つきが」
興奮して目をぎらつかせている王子に対して、私はいつもの微笑を浮かべる。
「ひどいですわ。私は王子を愛していますのに、騙したりするわけないでしょう?」
「黙れ。お前はそうやって散々嘘をついてきたんだ。魔王に連れ去られろ」
嘘つきは魔王に連れ去られる。大人たちが嘘をついた子どもを叱る常套句だ。
「嘘だなんて、全て本当のことですのに」
悲しそうな表情を作って、上目遣いに王子を見つめる。周りから見れば、捨てられた哀れな令嬢だけど内心はこれっぽっちも悲しんでなんかいない。
私だって、こんなクズ願い下げだわ。
この婚約に愛はない。財政がひっ迫した王家がデグーリュ伯爵家の援助を狙って申し込んだものだった。王家と縁者になれることを旨味と見た父親は、私に命じた。何があっても王子の機嫌を損ねず、無事に婚姻を結べと。
だから5年間私はずっと我慢して、役に立てるように頑張ってきたのに……。
王子が妾の子である私を軽んじ、他の令嬢の前で馬鹿にしても、他の令嬢とファーストダンスを踊っても、婚約者に贈り物をせず、違う令嬢とデートをしていても、全部見逃してあげたのに……。
「白々しい。周りももうお前が嘘つきだって、分かってるんだぞ。黄色い百合令嬢。お前に似合の名前じゃないか」
腰に流れる黄色に近い金髪に加え、身につけるドレスは家の色である黄色系統。そしてリリアという名前から、私は黄色い百合と陰で呼ばれていた。黄色い百合の花言葉は「偽り・嘘」、不愉快な呼び名に眉を顰めそうになる。
いけない。しおらしい令嬢を演じないと。
私が何も返さずにいると、王子は私の詐欺についてぺらぺらと証拠を挙げ続けた。
私が贈ったブローチが偽物だったらしいけど、王子が皆に見せているブローチは私が贈ったのとは別物だ。その他にも、私が隣の可愛いご令嬢を貶めるために偽情報を流したとか、国庫の宝物を偽物にすり替えたとか、低レベルな嘘を並べられて欠伸が出そうだ。
「これだけの罪が明らかになったんだ。もう言い逃れはできないぞ!」
何一つ身に覚えがないし、婚約破棄にしても両家の合意がなければできないのにどういうつもりなのかしら。
欲深い父親が頷くはずもないので、茶番にげんなりしてしまう。そして、王子の演説が終わったところに聞きなれた怒鳴り声が割り込んできた。
「リリア! お前というやつは! 大事にしてやったのに恩をあだで返しよって!」
「そうよ! 第二王子と婚約できたのは誰のおかげだと!」
怒りを露わにする父親と継母の姿が目に入り、面倒な事態に顔が歪みそうになるのを堪える。
何よ、一度も親らしいことなんてしたことないくせに。どうせ家名に泥を塗られたって思ってるんでしょ?
私が伯爵家に来たのは10歳の時。お母さんが流行り病で死んで、娘ができなかった伯爵家に引き取られた。だけど、生活を一緒にしたことはない。
部屋は使用人部屋の隣にある物置で、夜会と茶会の時しかドレスなんて着られない。食事も別、なのに令嬢として嫁げるように教育だけは厳しかった。いつ捨てられるか分からない状況だったから、役に立つと思ってもらえるために必死になって勉強したし、礼儀作法も身につけた。
両親と兄二人からは悪意しか感じなかったけど、貧民街で身よりなく生きるよりはまし。だから、生き残るために両親の顔色を伺って、聞き分けのいい娘を演じる。
「お父様、お母様。私はそんなことしていません。二人のいい娘になろうと頑張ってきましたわ。恩を感じて二人をお慕いしていますのよ」
「心にもないことを。もうお前は私たちの娘ではない。王子から事前に話があってね。こればかりは、かばいきれない」
「……え?」
思わず声が零れてしまった。
今、何て言ったの?
かばう気なんて最初からなかったくせに、父親は悲痛そうな表情をしている。私がいつものように父親のご機嫌を取る前に続きが聞こえた。
「残念だが、お前はもうデグーリュ家の人間ではない。甘んじて国外追放を受けろ」
「かわいそうに……。でも、全部嘘をついたあなたがいけないのよ。やっぱり、卑しい女の子は魂まで卑しいのね」
継母は扇子で顔を隠し、情の深い母親のような声を出した。だけど扇子の裏では絶対笑っている。邪魔な愛人の子どもがいなくなって、せいせいしているって。
嫌な流れに、背筋が凍る。
「なん……で?」
視線が冷たい。体は会場の熱気で火照るほどだったのに、今では手先がかじかむ。呼吸が浅くなってくる。
「衛兵! そいつを国外まで連れていけ。まぁ、俺も魔王じゃない。今身につけているものぐらいは持ち出しを許可しよう」
視界の端で、衛兵が近づいてくるのがわかった。恐怖と同時に怒りが燃え上がって、私は王子を睨みつけた。涙がこみ上げ、視界が滲む。絹の手袋に包まれた手を固く握りしめた。
嫌、嫌よ! 国外追放って嘘でしょう!?
この世界に人間が住んでいる国はここしかない。国の外は荒野と深い大森林、そして大河の先に魔族の国があるのみだ。つまり、国外追放は実質死刑。
どうして!? どうして私がこんな目に遭わないといけないの!?
気持ちが悪くなって吐きそうになる。泣き叫んで許しを請いたい。今まで抑え込んできた本音をわめきたい。だけどそれは、今までの私が許さない。
勝ち誇った顔をしている王子を見据え、私は背筋を伸ばした。黄色い百合、嘘つきと呼ばれた私の最後の矜持。
「王子……このような形となって残念ですわ。そちらの方とお幸せに。そして、お父様、お母様、お体に気を付けて、時々愚かな娘のことを思い出してくださいね」
完璧な微笑。頬を伝う涙。成り行きを見ていた人たちが息を飲んだ。
私はお淑やかで気の利く婚約者で、親孝行の娘だった。だから、最後までそうありたい。本当の私なんか、見せてやらない。
誇り高い、貴族の娘として衛兵の方へと歩き出す。その震える一歩が破滅へと近づく。
「今この時を持って、リリア・デグーリュの貴族位を剥奪し、婚約破棄、同時に国外追放とする!」
「ならば、俺がもらっても文句はあるまい」
突然、上から声が聞こえた。
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