1-7. 子曰く「カワイイ娘がふたり」
何だか妙に精神的な疲れがある。蒼空は望愛から俺の小学校のときの話を聞き出そうとするし、望愛は蒼空から俺のつい最近の話を聞き出そうとするしで、まぁ大変だった。
その都度次に何の作業をするかを聞き出しては話の流れをぶった切るということをしていたせいで、ほとんどの引っ越し作業が俺の担当になってしまい、当然ながら肉体的にも疲れている。今日はよく寝られそうだった。
再び寮の玄関先に戻ってくる。望愛もいっしょだ。俺たちといっしょにこれからまだまだやってくる新入生たちの手伝いに参加してくれるそうだ。昔からこういうところは全く変わっていなかった。
「あっ! おい、纓人っ!!」
玄関ドアが開いた瞬間にこちらを振り向いてきた大成が、拡声器でも使っているのかと思わんばかりの声量で俺の名前を叫んだ。それどころかこちらに向かって走り出してくる始末。止めてくれ、恥ずかしい。
「纓人クン!!」
大成だけではない。優里亜先輩までもが、大成に比べればいくらかゆっくりとした歩みでこちらに向かってくる。
明らかに何か話したいことがある――それは理解した。とはいえさすがにドア付近に屯するのはよろしくないので、ふたりを連れて寮の中に戻ることにした。
「……さて、話を聞こうとは思うのですが」
爛々と輝いている4つの瞳に見つめられながら、こんなセリフは言いたくなかった。正直言って、イイ予感なんてこれっぽっちもしない。だって、このふたりだし。本人たちがこれを聞いてどう思うかは知らないが、どことなく似たようなところがあるなぁという感想を抱いても不思議じゃないはずだ。
「纓人っ、お、落ち着いて聞け」
「うん、お前がこの場ではいちばん落ち着いてないけどな」
浮き足立っているのが丸わかり。っていうか鼻息が荒すぎる。勘弁してくれ。
「さっきな、お前らが手伝いに行ってるときにだな」
「……おう」
「めっちゃ、カワイイ、娘が、ふたりも、来た……っ!!」
「………………はぁ」
「何だそのリアクションはーーーーーっ!?」
耳を塞ぎ、目を閉じて、大成の大声を後ろへと逃がしていく。それでも少しだけ上体が後ろに持って行かれたような気がした。
めんどくせえ。昨日から尽く上郷大成はめんどくせえ。
「……これは、あれか? どんな子だったのか、って訊いた方が良いのか?」
「当然だろっ」
巻き舌を添えて叫ぶな。
「……って言っても、詳細情報は知らん」
「何だそりゃ」
「だって、ここの入り口からは入っていかなかったからねー」
「え? どういうことです?」
先輩が気になることを言った。だいたいの新入生であれば正面玄関とその周りで諸々の手続きをする必要がある。わざわざ他の入り口を使うというのは珍しい。
「だから詳しくは知らん。振り返ったときにたまたま見えたんだよ」
「何それ」
蒼空が乾いた笑いを漏らした。
「また『センサー』か?」
「え、何。センサーってどういうこと?」
これに食いついてきたのは優里亜先輩だった。望愛も少し気になるようで先輩といっしょに小さく頷いていた。
喩えるならば、鼻が利くとでも表現するのが良いかもしれない。休みの日の外出などでも、カワイイ子が近くにいるときは大成は必ずと言っていいほど今みたいな反応をする。いわゆる『王道系の美少女』とでも言うのだろうか、そういう女の子がとくにセンサーに引っかかるらしい。あとは『ちょっと年上の美人』だったり、『小動物系の美少女』だったり。――要するに、それがヤツの好みなのだろうけど。
そんなことを説明すると、「要するにヤバイ動物的勘みたいな感じなのね」と呟いて、先輩も望愛も若干呆れていた。
「稀代のスナイパーが敵の殺気に気付いて即座に撃ち抜く、みたいな話はあるけど」
「コイツの場合は美人のオーラに気付いて勝手に撃ち抜かれる、的な話だから」
攻守両面において隙が無くザルである。
「いやぁ、照れるぜ」
間の抜けた大成の返答に4人の小さなため息が重なる。それを払い除けるように大成が咳払いをして、さらに話を続ける。
「留学生とかかなぁとは思ったんだけどな」
「ん?」
思案顔は演技とかではなく、本当に思案している顔らしい。
大成はそんな調子で、少し気になることをつぶやいた。
美少女センサー、みなさんは欲しいですか?
私は……どうだろう(笑)