4-9. 生徒と先生みたいな雰囲気
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昨日は俺たちの買い物に付いてきてもらっていたようなモノだったカリーナとセーラ。半ば『引き摺られていた』と言う方が正しいかもしれない。今日はそのふたりをしっかりサポートするのが役目だとばかりに、望愛が張り切っている。
カリーナとセーラで代わる代わる望愛に訊き、望愛はそれにきっちり答える。やっぱり知識量が違う。普段からやっていることで身に付いている知識ももちろんあるが、それ以外にも自分でしっかり調べているのだろう。中学時代の料理部でもそんな感じだったのだろうか。
「そういえば、さっきは日用品の方にいたけど、何か買い物があったの? それとも、探検的な?」
「実は今日は元々、改めて食料品を見て回ろうっていう話をしていたんだ」
そう言い始めたのはセーラだ。
「今日もこうしてノアから教わっているが、自分たちには無い知識をたくさん持っているのが凄いなと思って、少し自分たちでもいろいろ見てみたいと」
「なるほどねぇ」
勉強熱心な姫さまたちだ。
「それで、まずは自分たちの目でもしっかりと売り場を見てみようと思ったんだ。3年間お世話になる場所なわけだし、知っておいた方が何かと便利だろうしな。みんなが昨日私たちをいろいろと案内してくれたのも、そういうためだろう? やっぱり自分の足でも見て回るべきだろうと思ってね」
「……なるほどなぁ」
圧倒された勢いでさっきと同じ事を繰り返してしまった。思った以上に学習意欲が高い。
「ということは、自炊にも興味が?」
「そうだな。……と言っても、どちらかと言えばカリーナが興味を持っている感じだが」
「そうなんだ」
ふと思う。このふたりのお姫さまのお料理事情って、どうなっているのだろうか。
そもそもお姫さまにお料理スキルが必要なのかという、ちょっとした疑問もあったりする。お抱えの料理人なんかもいるだろうし、する必要もないような気すらしてしまう。そんなイメージで思い浮かぶのは、高飛車で知られギロチンで処刑された王妃のようなタイプだ。
このふたりには、当然だけど、全くそんな印象はない。むしろその対極だ。もちろん俺の勝手な想像だが、私財をなげうってでも民衆を助けそうなイメージすらある。
実際今はこうしてふたりは自分から料理に興味を示して、学習しようとしている。前向きだ。家庭科の授業も一応選択授業の中にはあるから、興味があるのならそれを選択するのも一興だろう。今度そういう話をする機会があればしてみよう。
「そういえば、ノアが料理好きで得意だという話は聞いているが、ソラは料理するのか?」
「え、私?」
水を向けられ目を丸くする蒼空に、大きく頷くセーラ。
――2秒ほどの、間。
「私は、そーでもないかなぁ」
「……そうなのか」
セーラはごまかされてくれたらしい。いや、『ノッてくれた』と言った方が正しいかもしれない。蒼空自身もそこまで本気で騙そうとしているわけではなさそうだし、セーラもそこまで本気で追求しようとは思っていなさそうだ。
そりゃあそうだ。恐らく「そうでもない」と言えるレベルではないことくらい、一瞬泳いだ蒼空の目を真正面から見ていたセーラが見逃しているはずがない。
ちなみに俺は中等部時代の家庭科の授業で把握済みだ。そうでもないという言葉で片付けるには心配になるが「そこまで壊滅的ではない」というのが蒼空の料理スキルであって、強いて言えば包丁の使い方が危なっかしいとか、段取りがばたばたしてて見てる方が慌てるとか、そういうくらいだ。自分も大したできないクセに大成がやたらと突っかかってきていて、それを頻りに牽制していたという記憶とセットでその時の光景が思い出される。
チラッと蒼空を見れば、俺に視線に気付いたらしい蒼空がこちらを一瞬だけ見て、また目を逸らした。
何だ。お前は黙ってろとか、そういう目配せのつもりか。
そもそも俺には火中の栗なんか拾う趣味はないので、何も言わないでおくことにした。
「エイちゃーん?」
「あ、うん」
いいタイミングで望愛が俺を呼ぶ。きっと俺だけじゃなくて蒼空に取ってもいい頃合いだったと思う。
「望愛、何か嬉しそうだな」
「え? そう?」
こういう場所にいる望愛のイメージは野菜ひとつひとつをしっかり分析するように見つめている姿なのだが、今日はそういう戦士みたいな雰囲気ではない。家庭科の先生みたいな雰囲気だ。
「カリーナとセーラのおかげかな」
「どういうことでしょう?」
俺の言葉にカリーナが首を少し傾げた。
「ふたりが『イイ生徒』ってこと」
「あ、それは言えてるかも」
説明している内容をすべて吸収してくれようとしている人に話すのは、きっと楽しい。それが自分の大好きなモノについてだったら、なおさら楽しいし嬉しいだろう。望愛からそんな空気が漂っていた。
「さっきセーラから聞いたんだけど、カリーナがとくに色々望愛に訊きたいんだって」
「え!」
「そうなんですか?」
キラキラした目で訊かれたカリーナが、ほわっと頬を紅くした。やる気溢れる姿を見られるのがちょっと恥ずかしかったのだろうか。