1-4. 幼なじみとの再会
ヒロイン増殖中。
優里亜先輩はその尋ね人に一気に駆け寄って、その手を握ってぶんぶんと振り回すように握手している。完全に先輩の勢いに推されている少女は、背は少し伸びたりと以前と変わったところは多いが、それでも基本的な雰囲気に変わりは無い。
高等部からの新入生の入寮時には制服で――というお達しのとおり、アリスト学園高等部の真新しい制服に身を包んでいるのは、紛れもなく、俺の幼なじみである羽村望愛だった。
「望愛~! 待ってたよぉ~! 改めて、入学おめでとうねっ!」
「ゆ、優里亜先輩、ありがとうございます」
「ほらほら、さっさとご挨拶っ」
先輩との挨拶もそこそこにこちらへやってくる。むしろ、先輩に半ば引き摺られてくると言った方が正しいかもしれない。握手のときに手から離れた荷物がそのままにされているのは大丈夫なのだろうか――とそんなことを思えば、蒼空がその荷物を回収してきた。出来るヤツだ。さすが普段から手のかかるヤツを見張っているだけあって視野が広い。
「うはははぁ……っ! めっちゃカワイイっ……!」
ふと気が付けば、俺の横でテンションがおかしくなっている男がひとり。
「何。お前の好み?」
「ドンピシャ」
「なるほど」
――だと思った。
最後に言葉を交わしたのが小学6年生の終わり際。あの頃から比べても基本的なところは変わっていなかった。昔は肩くらいの長さにするのが常だった自然にやや明るいブラウンの髪がロングになっていたり、ちょっとだけ化粧っ気があったりして。
まぁ、そりゃあ、何だ。それ以外にもしっかりと大人っぽくなっている部分――いや、むしろ『オトナな部分』というべきかもしれないはあるけれども。
「ほらっ」
優里亜先輩が最後にドンと物理的にも背中を一押しして、俺の前に突き出してきた。
「あ、あの、……エイちゃん、だよね? 私のこと、覚えてる?」
緊張したような顔はしているが、懐かしい呼び方をしてくれた。そうやって俺を呼ぶ人は過去にも片手で数えられるくらいしかいない。母親と、あとひとりだけだ。
「……もちろん覚えてるって。望愛だろ?」
「あ……!」
恐る恐ると言った感じで訊いてきた望愛は、俺の返事にホッとしたのかふわりとした笑顔を浮かべた。
「良かった、覚えててくれてたぁ……」
「そりゃあ、まぁ……」
いつの間にやら望愛の笑顔は若干涙混じりになっていた。こちらは何となく気恥ずかしくなってきて、思わず目を逸らしてしまう。
「間違ってなくて良かった……」
「うん?」
「優里亜先輩からは『エイちゃんも居る』って言われてたけど、背も伸びてるしメガネもかけてるし」
「……そういえば、そうか」
メガネを使い始めたのは中学になってからだから、望愛は見たことがない姿だ。身長に関しては、とくに新高校1年生としては一般的な範囲だと思うが、比較対象が小学生当時なら仕方ない。
望愛とは、幼稚園に入る少し前くらいからの付き合いだ。中学に上がる際、俺はアリスト学園を選んだ末に何とか合格し入学したのに対して、望愛はそのまま地元の市立の中学校に進んだ。地元の公立には行かない旨を誰にも知らせぬまま、しかも諸事情あって連絡を取る手段も無かったので、望愛にとって俺は約3年間音信不通の人間だった。
「あれから連絡も出来なかったし、ウチの家族とかもみんな心配してたんだよ?」
――みんな、か。
「それは……まぁ」
「纓人、何か緊張してない?」
黙らっしゃい、蒼空さん。唐突にこんなことになったら、誰だって何を言ったらいいかわからなくなると思うんだ。きっと仕方の無いことなんだ。今の俺にはそんな器用に立ち回ることなんてできないんだ。
「うん、その……悪い」
ただ、俺が望愛に対して謝らなければいけないことは多い。いくら俺自身や俺の周辺にやむにやまれぬ理由があったとしても、それだけは確かだ。ここは素直に頭を下げることにする。望愛は静かに頷いてくれたので、少しは許されたのだろう。安心してひとつ息を――――
「纓人くぅ~ん?」
「……はぁ」
――吐く間は、やっぱり与えてもらえなかった。ねっとりとした熱帯夜のような声が耳に入ってきた。拒否権を発動したいところだったが、そんなものは残念ながら存在しないらしい。今日何度目かわからないため息を、安堵の吐息の代わりとばかりに、さっきよりも強めに吐き捨てた。
次回。大成、待ったをかける。