4-7. 見知らぬシロモノたち
案内板にも日用品エリアとは書かれているが、棚に並んでいるモノの傾向を見るとドラッグストアというよりはホームセンターに近いかもしれない。
お風呂や台所などの掃除用品に始まり、シャンプー・コンディショナーの類い、入浴剤などから化粧品。第1類医薬品の取り扱いもしっかりとあるので、この辺りはドラッグストアの雰囲気がある。
そこから少し歩くと、今度は電化製品がある。冷蔵庫、洗濯機、コンロに掃除機に照明器具。わりと何でもござれで、ここだけ見ればちょっとした電器屋だ。備え付けの家具が故障したとしてもここに来れば大丈夫、みたいな。
さらに少し移動すれば今度は家具類。テーブル、椅子、机、カーペットなどなどが置かれている。こうなればいよいよ郊外の国道沿いあたりに建つ大型ホームセンターっぽさが出てくる。さすがに大きな資材になると常時は扱っていないが、少々の木材程度ならばいつでも入手可能だ。
「見れば見るほど、ホームセンターっぽいね」
望愛がぽろっと模範解答を口にする。まぁ、そうだろうな。
「ウチの近所にあったのより大きいよね」
「ああー……、言われてみれば、たしかに大きいかも」
望愛がさらに懐かしい話をする。あそこも割と大型の店舗だったような気がするけれど、食料品エリアまで含めた購買部の面積の方がたぶん大きい。正直、昨日の午後だけでは全エリアを見て回るのが不可能だとわかっていたので、敢えて昨日はこっちに来なかったという裏話があったりなかったりする。来たら多分、夜までかかっても帰れないはずだ。
「エイトさま……?」
カリーナが小声で訊いてきた。望愛たちにさえ聞かれたくないのか、俺の耳元とはゼロ距離で言ってくる。――正直に言うと、ドキッとした。
「ん? 何?」
だから、平然とした声を返せたのを褒めてほしかった。
ところで、カリーナがそんな声で訊いてくるようなモノとは、一体何なのだろうか。
「『ほーむせんたー』とは、何でしょうか……?」
「ああ……」
微妙に拍子抜けした声が漏れ出ていく。
よく考えれば納得だった。地球ではよくある業態でも、異世界ではどうかわからない。
しばしばファンタジーの世界で登場する『異世界』だと、こういう大型の建物で棚に並んでいる商品を自分でレジまで持っていって会計をするシステムが主流ではなかったりする。大抵が商店街のように小さな専門店が建ち並んでいるようなエリアが、城下町に広がっているとか、そんなイメージが俺の中にはある。
もちろんコチラのフィクション世界の話を勝手に基準にしているだけの話であって、カリーナやセーラがいる世界がどうなのか、俺がまだ知らないだけではあるのだが。
どう答えようかと考えていると、望愛がちょうど良いタイミングで、俺はそこまで必要としてないから軽くしか見てこなかった調理用品とかを見てきたいと言った。料理に興味があるのか、あるいは望愛の料理話に興味があるのかはわからないが、蒼空がエスコートするように付いていったのもナイスタイミングだった。
ただ、きっと蒼空は望愛のエスコートが目的で付いていったのだろう。3人で歩いていたときからそうだったし、カリーナやセーラと合流してからはさらにそうだったのだが。
とにかく、周りからの視線を痛いほど感じていた。
それもそうだろう。何せ、彼女たちは目立つ。これだけの生徒が居れば、当然男女問わず眉目秀麗な子も多い。芸能コースに所属する子――つまり、タレントやアイドル、歌手の卵みたいな子もいる。その中にあっても、彼女たちは目立っていた。
蒼空は基本的には冷たい反応を返すことも多くそういうのにもあまり動じないタイプではあるので、そういう意味では望愛の護衛役には向いている。
もちろん蒼空も確実に目立つ側のタイプではあるので、完全に放っておくのは危険ではある。それでも今はとりあえず蒼空を信用しておくのが適切だろう。
「たとえば――」
今まで見てきたモノを使ったり、俺のカートの中に入っている商品を使ったりして、ホームセンターがどういう場所なのかを説明していく。購買の日用品エリアを基準にすると本来のホームセンターとは違う部分もあるので、いくらかは俺が知っているホームセンター像を使った説明にはなるが――。
「なるほど、そういうモノか」
「勉強になります、エイトさま」
俺の説明に興味を持ってくれたセーラもいっしょに理解してくれたようだ。
「ふたりが住んでいるようなところでは見ないようなモノの方が多いんじゃない?」
「そうですね、何をするために使うモノなのかもよくわからないのが多いですね」
ところ変われば、作業で使うモノも全然違う。セカイが違えばなおさらだろう。
「たとえば、何か知りたいのある?」
「私は……、これとかですかね」
「セーラは?」
「私はコレだな」
そう言ってカリーナは陳列棚の商品から、セーラは俺のカートの中から選んできた。
それは――たしかに、判りづらい。
「これは、計量カップかな。料理するときに水とかの分量を量って入れるときに使うんだ」
「でも、随分と変わった形ですが……」
「えーっとね……」
一瞬言葉に詰まり、再度その形状を眺める。カップの内側は少し狭くなっていて、そこにも目盛りが書かれている。――ああ、なるほど。
「普通は側面にしか目盛りが書かれてなくて持ち上げるか目線を合わせて分量を見るんだけど、これだと上からでもわかるって感じかな」
「ああ……!」
「そうなのか」
セーラも感心してくれた。良かった、見えづらいところに説明書きがあるのを見つけられて。
「調理用品も知っているというと、エイトも料理はする方なのか?」
「めちゃくちゃカンタンな、初級者向けのものだけね」
上には上がいるのを知っている。軽い口調で『できる』なんて言ったら罰が当たりそうだ。俺が知っている料理神は寛大だから天罰を下さないかもしれないけれど、念のため。
「で、セーラが言っていたコレは、床掃除とかに使う道具だね。ホコリとかを、このシートの繊維で絡め取って、汚れてきたらこのシートだけ取り替える……みたいな」
「だとすると、床掃除にあの機械を持ち出すまでもないと」
機械――と言えば、掃除機のことだろうか。なるほど、さすがにこのふたりも電化製品のことは知らないということか。魔法の類いが進歩していると思われる向こう側のセカイで、こちらのような工業製品がどれほど進化しているかは予想できない。そもそも機械類が全く無い可能性すらある。
「床板に細かいホコリが目立つとかなら、これでサッと片付けるのがいいね。音もしないから夜でもそこまで迷惑にならないし。机の上とかなら……こっちのハンディタイプがある」
「よし、これを買わせてもらうことにする」
「これと同じヤツ?」
「それもだが、こっちも欲しいな」
「あ、私も」
何だかセールスマン気分を味わってしまった。どうやらふたりにとっての最初の日用品の買い物は掃除用品になったらしい。
「お金は持ってきてる?」
「見くびられちゃ困る」
「なるほど」
たしかに、余計なお世話だったかもしれない。
「さっきソラが『エイトのバスケットに入れればエイトに会計してもらえる』と言っていたが」
「……アイツは」
何か言ってるなとは思ったが、そういうことかよ。
「さすがにソラの冗談だろうとは思っているから心配するな」
「まぁ、別にいいけどね。歓迎の記念ってことにしてもいいけど」
「そういうわけにはいかない。エイトに、そういう迷惑はかけないよ」
セーラは、少しだけ強く言い切った。
さすがに異世界には……ないよね?