4-6. プリンセスふたりのウインドウショッピング
「あれは……」
「カリーナちゃんとセーラちゃん、だよね」
「だろうな」
紛れもなく、カリーナとセーラだった。ふたりで買い出しというよりは、どちらかと言えば興味の赴くままに棚の商品を眺めているように見えた。
恐らくだが、こちらの世界の商品の中には、彼女たちにとっては得体の知れないモノも混ざっているかもしれない。昨日の食料品の買い物のときも、とくに惣菜や冷凍食品とか何らかの調理がされているモノに対しての見方が、野菜や肉の類いの時とは全然違っていた。お国が違えば調理方法も違う。ならば世界が違えば、言わずもがなということだろう。
ふたりは、一応は、楽しそうに店の商品を眺めているように見える。
――そう、一応は。
「でも何か、ちょっと……」
「……周りがね」
ふたりは時折周りを気にする素振りをしていた。あまり気にしないようにはしているらしいが、ほんの少し居心地が悪そうな時はあった。
原因は、遠巻きにふたりを見つめている他の生徒たちだった。
気持ちはわかる。明らかにレベルが違う容姿と佇まいをしていれば、そりゃあ誰だって一度くらいは見てしまうだろう。ただ、一瞬だけ視線が向けられるくらいならまだしも、チラチラと何度も窺われ何かを話されている姿を見てしまうと、姫さまと言っても落ち着かない気分になるのは間違いない。そんなの、誰だってそうだ。
「せっかくだし、声かけよう?」
「だね」
ふたりのところへ小走りで寄っていく望愛と蒼空。俺は一瞬遅れて、その場に残ってしまった。
「カリーナちゃん、セーラちゃん」
「え……あ!」
望愛が呼びかけて、それにカリーナが気付く。その後はいくらか声量を落として話を始め、恐らくカリーナが俺は来ていないのかとでも訊いたのだろう、蒼空が思いっきり俺を指差してくる。明らかにカリーナの表情が明るくなった。
――正直言って、余計に視線を集めることになりそうだった。
とはいえ、ここで無視するなんてことはあり得ない。カートを押しながら寄っていく。
「ども」
「かっこつけてる?」
「そんなわけない」
直ぐさま蒼空がツッコミを入れてくる。助かる。こういうときにどういう風に話に入ったら良いかというところで、誰かがこういうことをしてくれるとありがたかった。
「エイトさまは……、わっ」
「何を買うのかと訊こうとしたのだが、……なかなかの大量購入だな」
カートの中を見たふたりは案の定驚いた。2段になっている内、上の段にはまだ余裕はあるが、下の段に収まっている買い物カゴ2つは既にほぼ満杯になっている。その中にはカリーナとセーラにとっては見慣れないモノもあるはずだ。そんなモノが大量にあったら、そりゃあ驚くのも無理はない。
「望愛にここの紹介がてらまとめ買いしようと思って」
「そうだったんですね」
「……ふたりのことも誘えば良かったな」
「たしかに」
「今からでも遅くなければ、いっしょに見て歩かない?」
「い、いえ、そんな! お気遣い無く……!」
そんな俺と蒼空にカリーナが恐縮する。俺と望愛の間を、カリーナの視線が行ったり来たりしている。屋上での件を考えたら、もっと前のめりになってくると思ったのだが。気にならないでは無いが、それを口に出すのは――やはり憚られるというものだった。
その代わりと言うのか、控えめなカリーナをさらに望愛が一押しする。
「カリーナさんの方こそ遠慮しないで。私は、ふたりともいっしょに見て歩きたいな」
「よろしいのですか……?」
「はいっ」
大きく頷く望愛。カリーナがそのままこちらにも視線を向けてきたので笑顔を返せば、そのさらにお返しとばかりにカリーナはにっこりと笑う。
「では、ぜひ!」
「私も良いのか?」
「もちろん」
セーラだけのけ者にするとか、そんなことはあり得ない。むしろふたりには――もちろん、ココに来るのが初めてだった望愛にもだが――購買部を含めて、この学園を楽しんでもらいたいと思っている。それは決して俺のことが――とかいう話とか無関係に、ひとりの留学生として、はるばる異世界にまでやってきた女の子に対する単純な想いだった。
「そうと決まれば早速」
そういう蒼空の手には買い物カゴが握られていた。いつの間に取りに行っていたのだろう。全く気が付かなかったが、流れるようにカゴはそのまま俺のカートにセットされた。スペースに余裕を持たせていただけだったが、有効活用されるのであればそれもアリだ。
「何か買いたいモノがあったら、こっちのカゴに入れておけばイイから」
「え、……でもエイトさま、よろしいのですか?」
「もちろん。荷物持ちは……ほら、慣れてるし」
昨日の例もある。ちらっとだけ望愛を見ながら言うが、カリーナはそれでも少し恐縮したように苦笑いを浮かべていた。
「じゃあ、行こう」
「はい、エイトさま」
「案内はよろしくな」
「任せて」
グッと自信満々に蒼空が答えて、望愛もいっしょに頷く。
うん、そうだ。きっとそうだ。
何度もナチュラルに、いつも通りに俺のことを様付けで読んだ瞬間、周りの男子たちから飛んでくる視線に若干の殺意めいたモノが混ざったのも、きっと気のせいだ。
楽しそうだなぁ。