4-5. スケールの大きさと人間観察
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諸々の準備を整えて、俺たち3人は購買部へとやってきた。
望愛は白いロングカーディガンにブラウンのロングスカート。
蒼空はデニムパンツにゆったりめのニットを合わせてきている。
今日は風は少し強いが負けじと陽射しもこの時期にしては強い方で比較的暖かい。防寒対策も今日は少しくらい油断できそうな感じだった。
俺はと言えば、さすがに襟付きの服を着続ける気にはならず、それでも少しだけ余所行きな雰囲気でネイビーのトップスに黒のスキニーを合わせてみた。一応は、配慮したつもりだったが、俺を見た望愛がにっこりとが笑ってくれたのでセルフ合格としておく。
寮の玄関では優里亜先輩と大成がいるだろうと予想していたのだが、残念ながらその予想は外れた。
軽食を買う可能性もあったので、見かければ昼休憩の時間を合わせていっしょに行こうなんて話を望愛が言っていたのだが、そもそもふたりの姿が無かった。
どこかの新入生さんの部屋にでも向かったタイミングだったか、あるいは既に昼休憩に入ってしまったか。残念そうな顔をして見せた望愛とは裏腹に、俺と蒼空は何とか顔に出さないようにしながら安心していた。
俺はそんじょそこらのスーパーより明らかに安くて高品質なサンドイッチあたりを選んだ。チラッと望愛を見れば、しっかりと何を選ぶのかを審査されていたので、大人しく野菜多めのものをチョイス。一応それを見せてみれば、ふんわりとした笑顔が返ってきた。これも合格点らしい。
ちなみに蒼空はフルーツサンド、望愛はベーグルを選んでいた。
イートインスペースがあるのでそこで食事を済ませれば、お次は俺の用事だ。目的は少し不足気味だった日用品の買い足し。昨日は望愛の食料品がメインで、そっちにはあまり足を運べていなかった。
「そっちの方はどんな感じなの?」
「……これも定番の『実際に見た方が早い』ってヤツだよね」
「そうだな」
何度目かわからなくなりそうな会話をしながらやってきたエリアは、やはり広い。置かれているモノがモノだけにスペースも広く取られている。本当に某会員制マーケットと良い勝負だと思う。
「……がんばって驚かないようにしてたつもりなんだけど」
「ダメだった?」
「……うん。学校のスケールじゃないんだよね」
これから先、たぶんもう少し驚くことが望愛には降りかかってくると思うけれど、その時の反応が見たいので黙っていることにする。
「じゃあ、お付き合いお願いします」
「うんっ」「ん」
大きなカートをお供に加えて、今日の買い物がスタートした。
〇
「何かさぁ……」
「ん?」「え?」
ちょうどボディケア系用品のエリアに入ってきたあたり。俺と望愛を後ろから見つめていたらしい蒼空は、その視線と似た様なぼんやりとした口調で切り出した。望愛とほぼ同時に振り返る。
「ちょっと観察してたんだけどね」
「……そういう人間観察はもう少しこっそりやった方がイイと思うんだけど。あと、黙ってた方がマシだとも思うんだけど」
「別に大丈夫でしょ。知らない人を観察してるわけじゃないんだし」
それもそうだけど。
いや、何となく、後ろから当てられていた視線の感じから、観察されているんじゃないかという感覚はあった。それは確かだった。日頃から人間観察をしている側ならよくわかるだろう、「あ、これは観察されているな」という感覚だ。視線が合うとかいうモノではなく、ただ見られているというモノとも違う、特有の雰囲気がある。
さっきの蒼空から漂っていると感じたのは、まさにそんな雰囲気だった。
「まぁ、とにかく、見てたんだけどさ」
こちらも視線だけで話の先を促すことにする。
「食料品のときほど、望愛が熱狂しないんだなって」
「あー……」「あー……」
また俺と望愛の反応が重なった。きっと昔のこととかを思い返しているのだろう。俺も少しだけだが、手の届く範囲に転がっていた記憶の断片を探してみる。
「言われてみれば……」
「たしかにそうかもなぁ」
だいたい同じことを思っていたらしい。
日用雑貨を見るのは、俺も望愛も好きな方だ。
小学生当時、羽村家の買い物に着いていったりしていたときも、食料品売り場はともかく、それ以外の場所は望愛の母ともども落ち着いていたものだ。娯楽的な要素の方が強いのかもしれない。雑貨店なんかではよく母子ふたりで楽しそうにウインドーショッピングをしていた記憶は強く残っている。
「あと、自主的にそういうモノを買ってる纓人を初めて見た気がする」
「それは……、そうか。たしかに」
「あれ? そうなの? エイちゃん」
「あー……うん、まぁ。こっち来てからは、そんな感じかもしれない」
俺の場合、アリスト学園に来てからの買い物がほとんどになった最近は、あくまでも必要なモノを必要なだけ買うための買い物しかしていないし、する必要もあまりないと思っているのも本当だ。たまに大成や蒼空と行く外への買い物でも、そういうところに行けば見るには見るがほとんど買うわけではないし、そもそもひとりで外に行くなんてことはほとんどなかった。
「……そっか」
「ん? どうした?」
「ううん、何でもないよ」
何となくしんみりしたような言い方をする望愛が、少し気にかかる。何か引っかかることでもあっただろうか。その辺りはとくに昔と違っているようなこともないし、心配されるようなことも無い気がするのだが。
「あ。あとは……」
まだあるのか――と思っていると、蒼空の目の奥がギラリと光った気がした。これは危険なカオリがする。
「その距離感がすごく夫婦っぽかった」
「……っ!?」
「……蒼空さぁ」
やっぱりである。
「もしかしてだけど、結局『それを言いたかっただけ説』ないか?」
「バレた?」
「隠す気、やっぱり無いのな」
「今更でしょ」
真顔で言われましても。よくよく見ればこの状況を誰よりも楽しんでいる雰囲気はしているのだが、そんなのぱっと見で判る人間がどれくらいいるのやら。
「で? あとは何買うの?」
「あ? ……ああ、えーっと」
一応メモはスマホのメモ機能を使ってしてある。
それにしても唐突に話を戻された挙げ句、投げつけられた気がする。マイペースなヤツだ。強引に俺を引っ張り込もうとする大成のマイペースとは、また違ったジャンルのマイペースさ加減だ。
「……んーっと、向こうの方だな」
そう言いながら行き先を指差そうとしたとき、俺の視界に――そして恐らく望愛と蒼空の視界にも、人目を惹きつけるあのプラチナブロンドの髪の色が目に入った。
プラチナブロンドと言えば、言わずもがなですね。




