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4-3. 望愛の部屋へ



「いらっしゃい」


「……()()がそれを言うのな」


 まるで家主のような口調の蒼空が俺を出迎えてくれた。


 ゆったりめのシャツに、やたらと健康的に短いホットパンツ姿。中等部時代は部屋の行き来なんてほとんど無かったので、部屋着姿も同じようにほとんど見たことがなかった。そういえばそんな感じだったなぁ、と思い出してみたりする。


「っていうか、(えい)()は朝から何かあったの? そんなカッコで」


 言いながら蒼空は俺の襟元やら何やらに視線を送ってきた。言いたいことは充分解る。俺の方もこんな恰好をすることなんてほとんど無かったわけだし。


「ま、……いろいろと」


「ふーん」


 訊いておきながらとくに興味は無いらしい。拍子抜けだが別に構わない。そんなもんだ。


「ちなみに、()()は準備中だから」


「準備って、……何の?」


「何のでしょうか」


「いやいや」


 パッと見ではわかりづらいものの、蒼空は何となく楽しそうな雰囲気を醸している。が、俺としてはそんな問答をしている場合じゃない。っていうか、早く部屋に入れて欲しい。


 男女の行き交いは自由とはされているが、フロア自体は明確に分かれている。ここまで来るのにもそこそこ異性の目に触れてきていて、陰キャ野郎が何でこんなところにいるのよ的な感じだったので、居心地はなかなかに悪かった。


「……降参、わからん」


「ハイ、時間切れ」


「うん」


「もう少し悩んでくれてもイイと思うんだけど」


 とりあえず強引に上がらせてもらうことにする。蒼空が何を考えているのかはわからないが、一応こっちにはこっちの、男子的な理由があるのだから。


「ん? ……何かイイ香りが」


 部屋の中に1歩入ってようやく気付く。ほんのり甘くて、香ばしい匂いが漂っていた。


「お、気付いた」


「もしかして、準備ってそういうこと?」


「そういうこと」


 そういえば材料的なモノは昨日購買で買った中にあった気がする。


「しっかり考えれば当てられたと思うんだけど」


「いやもう、いち早く中に入りたかった」


「……それとも、()()って言われて何か違うこと想像した?」


「何のことだ?」


 大成みたいなことを言うな。そうはいかない。俺はノらない。


 ただ、どうやら蒼空にそういう意図はなかったらしい。キョトンとした表情にこちらがいたたまれなくなる。申し訳ない、大成(アイツ)と同類だなんて思って本当に申し訳ない。いとこだと思われることが心外で仕方が無いと常日頃から言っているのに、それを完全に失念していた俺が悪い。


「しかし……、だったらコレ要らなかったかもしれないなぁ、とか思ってみる」


「ん? ……ああ、なるほどね。あ、さすが纓人。分かってる」


「だろ?」


 ビニール袋を見せれば、蒼空は納得したように苦笑いを浮かべた。中身は望愛が昔から好きだった|青い箱に入ったクッキー《ムーンライト》と、蒼空が好きな|サクッとしてふわっと溶ける感じのスナック菓子キヤラメルコーンなど。あとは紅茶と緑茶のペットボトルを1本ずつだ。蒼空はめざとく自分のお気に入りを見つけたらしい。これで当初の目的はここで無事に果たされたのでヨシとしておこう。


「まぁでも、要らないってことはないんじゃない? 別に今日開けなきゃいけないってこともないし」


「それもそうだな」


「少なくともコレは開けさせてもらうけど」


「どうぞどうぞ」


 そのために買ってきたわけだし。ひとまずお許しは出たようなので無事にお邪魔することにする。同じ学生寮でもあるし、そもそも望愛の部屋には実際に一昨日の新入生サポートで中には一度入っている。部屋の構造は俺の部屋と同じなことは確認済みだ。


 キッチンをちらっと覗いてみれば、望愛はそこにいた。ゆったりめの幅広なパンツにTシャツを合わせて、その上からエプロンをしていた。落ち着いた色味のパンツに、ビビットなエプロンが目立つ。


「あ、いらっしゃいエイちゃん。ごめんね、わざわざ来てもらっちゃって」


「いやいや全然。こっちこそお邪魔するよ。……それはクッキーか何か?」


「そう。久々に作ってみようかなって思って」


「懐かしいな」


 望愛の家に遊びに行っていたときは、よくおやつで出されていたことを思い出す。数少ない、しっかりと記憶していることのひとつだ。


「あ、覚えてくれてた」


「結構食わせてもらったし、たまーにだけど手伝いもしたよなぁ」


 当初は望愛の母さんが作ってくれていたが、時々望愛が作っていたり、あるいは俺が望愛を手伝ったりもしていた。


「……最初の頃はもう、それはそれはたらふく食わされたし。失敗作含めて」


「もー、昔の話あんまりしないでよ」


「え。何それ、聞きたい」


 話は膨らませなくてもいいか、と俺は思っていた。だけど、()()はどうやらそれを卸してはくれないらしかった。無表情を貫きながらも、しっかりとその目は何かを期待している。こう見えて中津蒼空というヤツは案外判りやすいヤツなのだ。だからこそ俺も話しやすいと思っている節がある。そういう意味では望愛とよく似たところはあるのかもしれない。言わないけどね。


「今でこそ調理部とかやってるけど、最初は誰だって上手くは行かないよねって話だよ」


「あ、そうなんだ。最初っから何でも出来そうなイメージあったから、ちょっと意外」


「もー、蒼空ちゃんってば。そんなこと無いって」


 蒼空はどうやらお世辞ではなく本当にそう思っていたらしい。当然のように望愛は照れている。早くも蒼空の中で、望愛に対する評価は上々のようだ。


 最初の頃の望愛の料理センスは、そりゃあもちろん女児のおままごとに毛が生えたのかどうなのか、というレベルだった。クッキーを焼けば焦がしたり、逆に生焼けだったり。包丁の使い方だって、ろくすっぽ分かっていない俺ですらこれは危険だろうとカンタンに察することができるくらいの腕前だった。


 だけど、そんな時期は一瞬で通り抜けて、望愛はすぐに『料理が得意です』と言い切れるレベルにまで成長した。本人の口から得意だと聞いてはいないけれど、少なくとも周りで見ている側からすれば得意だろうということがわかるくらいだった。時々羽村さんの家で食事をいただくことがあったが、その時も望愛が作ってくれたりしていた。『どっちが作ったでしょう』的なことをされたこともあるが、正解率は半々くらいだった。


「もう少ししたらある程度出来上がるから、待っててね」


「りょーかい」


 鼻歌でも歌いそうな感じでキッチンに戻っていく望愛。その懐かしさに、ちょっとだけ胸の奥が締め付けられた気がした。


「じゃあその間に纓人からいろいろ聞いちゃおう」


「ん、いいぞ。まずは何から話したろうかな……」


「エイちゃん? だったら私はそれよりも先にエイちゃんの恥ずかしい話とかしちゃうけど、それでもイイの?」


「ぅええっ!? の、望愛さん、それはちょっと……!」


「人を斬ってイイのは、自分が斬られてもイイときだけだよ?」


「なにその武士的発言……」


 たしかにそうだけども。


「え? 私、これ昔エイちゃんから聞いたんだけど」


「……そうだっけ」


「そうだよ? 何かすっごいドヤ顔で言われたもん。私は覚えてるよ」


 いきなり俺の恥部が晒されたような気がする。っていうか、小僧時代の俺は、いったいどんなタイミングでそんなワードを入手したのやら。まったく覚えがないのだが。


「……ま、私としてはどっちの話聞いても得だから、正直どっちが先でもいいよ」


 蒼空はまるで対岸の火事でも眺めるように、さっき俺が買ってきたスナック菓子の類いを容赦なく開けながら言い放った。


意味深なことはありませんでした。

……全年齢向けですしおすし。

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