4-2. 望愛(と蒼空)からのお誘い
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1時間ほどの説明会は無事終了。書籍エリアの業務を熱望する書類も早々に提出しておいた。別に早い者勝ちということはないのだが、本音を言えばやる気とかいうオカルトめいた部分である程度は考慮してもらいたいところだった。
「さて……」
問題がひとつ。とても大きな問題がひとつ、産み落とされてしまった。
――このあと、何もやることがない。
どうせなら早い内に説明を受けておいた方がいいと勝手に思って、初日の初回に突撃したのはいいものの、その後の予定を考えていなかったのは大失敗だった。今更それに気付いても遅いのだけど。
とはいえ、今の時間帯から寮に戻ったところで暇なことには代わりない。恐らく今日も新入生サポートとして玄関先に生徒会役員と内部進学組を中心としたメンバーが立っているのだろう――というか、絶賛立っている。俺が今朝寮を出たときには既に優里亜先輩と大成の姿があった。
すっかり仲良くなったというべきか、あるいはうまく手懐けたというべきなのか。優里亜先輩は完全に大成を舎弟のように扱い始めているし、大成は大成でその状況を受け入れているような雰囲気があった。あの人もあの人で悪ノリが好きだから不安がないわけではないが、とりあえずのお目付役をひとり増員できたことは大きい。
ちなみに今日の大成は、優里亜先輩と同じく夕方近くまで寮の玄関先に立ち続けることになっている。ご苦労なことだ。たとえそれが俺と蒼空による『大成が積極的に参加をしたいと言っている』という事実だけを先輩に伝えた結果だとしても。たとえそこに下心を隠していたとしても。
「……ん?」
タイミング良くポケットの中身が震えた。メッセージを受信したらしい。
誰からだろうかとスマホを見てみれば、差出人は望愛だった。『エイちゃん、いまどこ?』とのことだったが、適当に寮にはいないことを返しておく。間もなくしてさらに『時間だいじょうぶ?』と返ってきたので、メッセージでの会話を止めて通話に切り替えてやることにする。時間的にも場所的にも問題がないことがこれでふんわりと伝わればいい。
『あ、エイちゃん……?』
「はい、エイちゃんです」
妙にカタい声がスピーカ越しに聞こえてきたので、ちょっとだけふざけてみることにした。案の定、ぷっと小さく噴き出す音が聞こえた。
『もう、からかわないでよ』
「そんな言い方をしてくる望愛が悪い」
『今のは絶対エイちゃんが悪いよー』
『はいはい、いちいちイチャイチャしないで』
『そ、そんなんじゃなくって……!』
「ん?」
もうひとつ、聞き覚えのある声が望愛の後ろから重なってきた。
「蒼空もいるのか?」
『いるよー』
「ちなみに、ふたりはどこにいるんだ?」
『望愛の部屋』
「……なるほど」
マジでやたらと仲良くなるのが早い。望愛に友達ができたことは当然喜ばしいことだけれども。その友達がこの3年間でだいたいの性格を把握できている蒼空であることは安心材料だけれども。
『もしかして纓人、妬いてる?』
「……っは?」
しまった。ちょっとリアクションに遅れただけじゃなく、何となく口篭もった気がする。
『ま、そんなことはどうでも良くて』
「……あ、そっスか」
蒼空の方から流してくれた。良かった。助かった。ここで変にカマをかけてくるようだと、今の俺なら余裕で引っかかるはずだった。蒼空、それはお前の大きなミスだぞ。
『実は昨夜、望愛に授業の取り方について相談されたんだけど……』
そんな前置きで始まったのは、意外や意外。しっかりマジメな新学期開始後の話だった。
単位制を敷くアリスト学園では、必修科目と選択科目から自由に授業を選ぶことができる。必修科目についても学級ごとにまとまって受講せよと指定されているモノもあるが、曜日・時間も自由に選ぶことが出来る場合もある。取りたい選択科目の時間がどうしても限られているという場合もあるので、そのための措置だという話だ。
やはり高等部からの入学組には、その辺りに不慣れなところがある。選択制の授業を受けたことはあったとしても、単位制の中学校というのはかなり限られているはずで、望愛が心配になって蒼空に相談するのも納得だった。何せ新入生サポートはこう言った部分での手助けを期待しているモノでもあるので、望愛と蒼空はその期待通りの動きを見せていることになるかもしれない。
――で、話は長くなるだろうし次の日にしっかり相談に乗るよということで、今に至るとのこと。
『それで、せっかくだからエイちゃんにも意見を聞きたいな、って思って……』
『纓人は呼ばなくていいの? って言って、昨日のうちに呼ぶってことになってたのに、今日になって望愛が煮え切らない態度だったから電話した次第』
『ちょ、そんなハッキリ言わなくても……!』
「あー、ハイハイ。察した、察した。とりあえず蒼空はその辺にしておいてやってくれ」
昨日あたりから望愛と蒼空の関係性はこんな感じだな。望愛が何となくイジりやすい雰囲気なのはわからないではないが、控えめにしてやってほしい。何せ、確実にこっちに流れ弾が飛んでくるから。
『りょーかい。でも纓人の意見も聞きたいのは本当。纓人の方が中等部時代の成績は良かったからね』
「っつっても、俺と蒼空なら大差無いだろ」
実は蒼空だけではなく、大成も含めて、俺たち3人は然程成績に差は無かったりする。定期試験、模擬試験を含めて、3人の順位が入れ替わるのも珍しくはない。
『選択で何を受けるかくらいは考えてるんでしょ?』
「一応はね、一応」
『なら、なおのこと丁度いいと思う』
「そうだな。俺もとくに用事がなくて暇してたから丁度いいや」
ある意味、渡りに船だった。
わざわざふたりに出てきてもらう理由はないので、相談所は引き続き望愛の部屋に開設してもらうことにして通話を切った。
「……さて」
手土産的なモノがないのも蒼空あたりに「気が利かない」などと文句を言われそうな気がする。幸いにして購買部はここから目と鼻の先だ。手持ちに若干の心許なさはあるが、そこまで問題にはならないだろう。ファミリーサイズの飲み物と少々の菓子類を求めて、俺は先に購買部へ向かうことにした。
すっかり仲良くなったようで。