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4-1. 3年前の話

第4章です。

まずは、……ちょっとだけ纓人の昔話から。

 意識を取り戻したときにはベッドの上。おぼろげに聞こえてきた音はどうやらスマホのアラームで、どうやら無事に朝がやってきたらしい。


 4月3日。今日も元気に俺の部屋には朝日が差し込んできている。起き上がってみたところ、おかしなところに筋肉痛が出てるようなこともなかった。少しだけ安心だ。これでさすがに臀部が痛いとかだと哀しい。昨日の大荷物を運んだ影響が翌日に出たと喜べるのは、もう少し年が行ってからの話でいいと思った。


 わずかに嫌な予感がして窓を開けてみるが、外からは()()()スズメの鳴き声が聞こえてきた。これでようやくきっちりと安心できる。これでまた『外からは何も聞こえてこない』ようなことがあれば、それはまた異世界からのお知らせということだろう。さすがに連日こうなるのは勘弁してほしいところだった。


「……ふぅ」


 シリアル程度ならば常備している。ささっとおなかの中に落とし込むだけの朝食を済ませたところで、時刻は朝の8時17分。時間にはしっかりと余裕がある。これまた安心だった。


 春休みの朝ではあるが、今日はわりと大事なモノがあるのだ。




    〇




 9時前。準備を整えて無事辿り着いたのは高等部の一般教室棟。主に座学での授業をする場合に使われる教室が集まっているところだ。


 とはいえ、アリスト学園の『一般』は、他校の『一般』とはわりとかけ離れている。「通常教室」と呼ばれている教室の収容人数は、高等部1学級分を少し上回る約120人。本当の意味で一般的なサイズだと思われる、だいたい50人くらいを収容するモノは「小教室」と呼ばれている――とだけ言えば、ある程度アリスト学園が持っている独自性が分かるとは思う。基本的に、すべてが大きい。


 俺が今来ているのは「中講義室」と呼ばれる空間。シネコンのシアターよりやや広いくらいで、構造もそれとほぼ同じ。大学などにある大きな講義室のような形状で、座席が階段状に設けられている。こちらの収容人数は約600人。高等部3クラス分が入れる計算だ。


 今のところ席の埋まり方はそれほどでもない。混雑率3割と言ったところか。朝イチの回ならばこれくらいが妥当だろう。前側でもなければ後ろ側でもない、とくに目立つこともないような当たり障りのない場所を選んで座った。


 ここに来た目的は、構内アルバイトの説明会に参加するためだった。一応真面目風な方が心象的に良いかと思って、滅多に使わない襟付きのシャツなんか着てきてしまっている。おかげで早くも肩周りが凝り始めていた。


 高等部からはアルバイトも解禁され、わりと自由な経済活動ができるようになっている。単位制であるため、もちろん単位取得の妨げにならない限りだが、授業や講義が入ってない日中もアルバイトを入れて問題無いとされている。


 金策の手段として学外で募集されているアルバイトをしても問題は無いが、それとは別に構内で募集されるアルバイトというのもあって、こちらの方がやや人気がある。業務内容としては中央食堂の配膳――要するに、ウェイターやウェイトレス業務――や購買部の品出しなどがある。構内で完結するという点と、学業の妨げにならないような時間設定がされている点などがその要因だ。モノによっては単位がもらえるバイトもあるのも見逃せないところだった。


 筆記用具を机上に置いたところで、ちょうどよく説明担当の人がやってきた。資料が手早く配られ、静かに説明会が始まった。


 俺が狙っているのは購買部業務の中でも書籍販売部の担当だった。本音を言えば、情報科の単位が付く情報処理センターでの業務というのがベストチョイスなのだろうが、そこまでのスキルが自分にあるかは疑問だったので泣く泣く除外した。その対極にあるようなウェイター業務なんていうのは俺的には論外で、これは性に合わなさすぎるので除外している。適正試験なんかをやればすぐに分かることだろうし、恐らくは食堂側から容赦なくお断り通知がやってくると思う。


 周りの生徒たちの声を聞く限り、とくに女子生徒からのウェイトレス志望が多くいるらしい。接客業を自ら志望するとは、恐れ入る。俺にはできない。たとえ女子制服がカワイイ・男子制服はカッコイイという定評があったとしても、である。


 ウェイトレス志望の子は、純粋にウェイトレスをしてみたいという目的の場合もありそうだ。それも全然イイと思う。カワイイ子がカワイイ制服を着て働いているのを見るのは目の保養だ――と大成も言っていた。


 俺の場合は無償・有償を問わず奨学金制度はかなり活用しているのだが、それとこれとは別。できるだけ親戚――母の姉夫婦にはこれ以上の迷惑をかけたくないというのが本音だった。



 肉親がともに俺の前から居なくなったのは、今から3年と少し前。来春からは中学生になる、そんなタイミングのことだった。


 家庭内に薄ぼんやりと問題があることを察したのは、小学校に入ってまもなくの頃だったような気がしている。望愛の家へ転がり込むようにしょっちゅうお邪魔していたのもそういう背景があったのも事実だった。


 間もなくして父親は家に帰ってこなくなった。小4の頃だったような記憶がおぼろげに残っている。


 その後は母親とのふたり暮らしを続けていたが、それも小6の時に本当にあっけなく幕切れになった。時期だけは今でもはっきりと覚えているが、冬も始まろうかという頃に終わりを迎えた。あの日に俺が何をしていたかとか、どんなことを話していたのかあまり覚えていない。だけど、季節を2ヶ月分くらは先取りしすぎたように急激に冷え込んだあの日の寒さだけは、永遠に忘れられないと思っている。


 その日の午後、職員室に呼び出され先生から聞かされたのは、母親が交通事故で死んでしまったということだった。車での通勤途中、ブラックアイスバーンに気が付かずオーバースピードで飛んでくるようにスピンしてきたトラックと正面衝突して――――。


 あとはもう、お察しの通りだ。



 事後の処理をしてくれた伯母さんの家にそのまま引き取られることにはなったが、俺は結局小学6年生としての残りの期間は一度も学校へは行かなかった。行けなかったという言い方が正しいかもしれない。母を亡くしたこともそうだが、他にも――まぁ、いろいろとあったのだ。物理的に学校が遠くなったのも要因のひとつではあったが。


 心境を変えさせたかったのか、環境を変えさせたかったのか。もしかしたら何となくなのかもしれないが――その辺り、あっけらかんとしていた母とよく似ている――、家に閉じこもって勉強以外にやることが無かった俺に、伯母はアリスト学園中等部の願書を見せてきた。何だろうと思っていると、満面の笑みで伯母はこう言った。


 ――『出してきたから、願書』


 ふつうなら「ここの学校、受験してみない?」とかだろう。もう出してきてるのだから驚きだ。たしかに、かつてそういう話を母と伯母がしていて、この世界のことなんか大して分かってもいなかった俺もそこそこ乗り気だったような覚えはある。後から聞いた話だが、伯母はそれをしっかり鵜呑みにしてくれたということらしい。


 ただ、考えること自体を若干放棄していた当時の俺はそれを受け入れていて、そのまま自宅学習を続け、翌年の2月連れられるままに試験会場へ行き、淡々と試験を終え、気が付いたら無事に合格していた。しかも特待生の資格も得るという出来すぎたおまけ付きで。


 そうして小学校の卒業式も欠席し、誰にも何も言わずにここにやってきたのが、今から丁度3年前のことだ。


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