3-11. 俺自身の問題
なぜだ。どうしてセーラがそんな顔をする必要があるのだろうか。
何かを訊くべきなのだろうか。でも、何を訊いたらいいのだろうか。結局それが全く分からないままにぼんやりとセーラを見ていたら、セーラも俺の視線に気が付いた。ぴくりと彼女の右のまぶたが動いたと思えば、顔ごと視線を逸らされる。だが、すぐさま元に戻される。戻されたときには、さきほど夕食のときにもよく見た勝ち気そうな眉のカタチになっていた。
何だろう。気にするなとでも言いたいようにも見えるが、さすがにこれを気にしないでいられるほど無神経ではないし、義理人情がない人間でもないつもりだ。
「エイトさま?」
「え? あ、ああ、ゴメンね」
「……いえ、大丈夫です。お気になさらずに」
セーラを見ていることに気が付いたのか、カリーナが訊いてくる。慌てて取り繕ったつもりではいるが、彼女は気にしないことにして話を続けてくれる。
「でしたら、エイトさまは先ほどの私のご無礼に対して」
「そもそも無礼なことなんて全然無かった。それは間違いないから。……俺の方こそ、カリーナに対して」
「私の方こそ、そんなこと一切ありません」
そんなことを再び言い合って、結局は曖昧に微笑み合うことになった。
「だったら、この話はおしまいってことで大丈夫だよね」
「……ええ、そうですね。そうしましょう」
カリーナは俺に対して謝ってほしいことはない。俺はカリーナに対して謝ってほしいことはない。だったら最初から何もなかったにしてしまえばいい。そういう風にしてくれるならありがたい。
良かった。何事もなく終われた。思わず安堵のため息が漏れる。
だけど、それでもやっぱり俺の中には、モヤモヤとしたモノが渦巻いていた。
「でも、俺、何とか思い出そうとしてみるから。……カリーナとの話とか、いろいろ」
「いえ、そんな。エイトさまがそこまで無理をされる必要は……」
けじめを付けるとか、そういうことをしたいわけではない。それでもやっぱり、記憶に全くないというのが引っかかっていた。蒸し返すような言い方になってしまった結果、カリーナがまた謝ろうとしてしまうのを俺は手で制する。
「これは俺自身の問題でもあるから」
「そう、ですか……」
カリーナは少し苦しそうな声になった。
「エイト自身……か」
「ん?」
「ああ、いや。……何でもない、気にしないでくれ」
それ以上にもっと苦しそうな声をセーラが出した。やはりさっきからカリーナよりもセーラの様子が違うように感じる。やはり何かあるのだろうけど、俺にはその何かを知る術はなさそうだ。
「話って、これで大丈夫かな?」
「あ、はい。大丈夫です。エイトさまに許していただけたのなら、私はもう」
「だから、許すとかじゃなくて、何も悪いことなんてしてないんだから、この話自体無し。もう、決まり! そういうことだから」
変に沈んだ気持ちのままふたりをそれぞれの部屋に帰すなんてできない。柄でもないが、少しくらい明るい声を出してみたが、やはりふたりには違和感があったようで一瞬キョトンとした顔を見せた。何だかだいぶ幼く見える。普段からどこか大人びた感じがしていたのは、そのピンとした姿勢もそうだが、やはりその表情からもオーラのように出ていたのだろう。
カリーナとセーラはふたりで見つめ合い、そして同時に優雅さをまとって微笑んだ。
「エイトさまは、やっぱりお優しいですね」
「……そうだな、うん」
そんなカリーナとセーラが何故か俺を褒めてくれる。むずがゆい。
「……エイトは、人が良いな」
「うん? 何か微妙にニュアンスが違う気がするぞ?」
「気のせいだ」
きっと使い慣れていない言語を使ったせいだ。そういうことにしておこう。
「……ありがとう」
「? どういたしまして」
セーラに礼を言われるような流れはあっただろうか。――まぁ、いい。幸い、礼を言われてキレるような神経は持ち合わせていない。
「それじゃあ、私たちはお暇させてもらう」
「おやすみなさいませ、エイトさま」
「うん、ふたりともお休み。……『気を付けてね』って言うべきなんだよな、移動術」
慣れていそうなモノだが、念のため言ってみる。
「うふふ……、そうですね、気を付けて帰ります」
「ありがとう、気を付けて帰るよ」
「変なことを言ったつもりはないんだけどなぁ」
頬を掻く俺を見て、さらにふたりが笑った。一頻り笑ったところで帰宅準備も整ったらしい。
「……改めて、おやすみなさいませ」
「おやすみ」
「うん、おやすみなさい」
何にせよふたりが――とくにカリーナは少しでも気が晴れたような表情で戻っていってくれたので、俺の本懐はある程度無事遂げられた。セーラについてはまだ少し気になるところはあるが、もう夜も遅い。次の機会を見つけて訊いてみようと思う。
部屋には再び静寂が降りる。こうして話をする機会もこれからは増えていくのだろうか。一時期よりは、嫌な気持ちはしない。少しずつ俺も前を向けていればいいのだけれど。
――さて。
「何かしようとしていた気がするんだけど……、あ」
キッチンにグラスを片付けに戻ってきたところで、放置されていた入浴剤を見て思い出す。まず俺は、お湯の沸かし直しをしなくていけないようだ。
以上、第3章でした。