1-3. 元気な先輩とその待ち人
先輩は、こんな感じの人です。
※2021/12/18 16:30 ルビを少し追加しました。
「だ、誰……って、おわぁっ!?」
「元気だねえ。感心、感心」
大成が振り向きながらその声の主を見てさらに驚く。他にも新入生を待っていた生徒は居たが、彼らも同じように驚いた。
そこに居たのは、まだ比較的寒いというのにハーフパンツから色白かつ健康的な脚線美を見せつけつつ腕を組んで仁王立ちする、昨年少しの期間お世話になった先輩だった。
「わ、若宮しぇん輩だ……!」
「はーい、アリスト学園の新歌姫・若宮優里亜先輩ですよー」
なぜか直立不動になった挙げ句盛大に噛んだ大成の失態をスルーした自己紹介には、くるりと華麗なターンを添えて。言っていることは結構な内容だが、イヤミに聞こえないのだからすごいと思う。それは実を伴っているからに他ならない。
「おはようございます、若宮先輩」
「もー、纓人クンってホントに人の話聞かないよね! 優里亜先輩って呼んでって何回も言ってるでしょー? はい、リピート・アフター・ミー。『おはようございます、優里亜先輩』」
頬をぷっくりと膨らませつつ、ぷんすかという擬音が付きそうな雰囲気で勢いよく俺を指導しにかかる。残念ながらこの時点ですでに、話の主導権は完全にこの先輩のモノだ。
よくわからない間にやらされることになった昨年の学校祭実行委員での仕事のときに知り合って以来、この人にはずっとこんな感じで半ばオモチャのように扱われていた。
「……おはようございます、優里亜先輩」
「うんうん、苦しゅうない」
ここはおとなしく引き下がって、言い直すことにしておく。俺の反応を見て先輩も満足そうに笑っておられる。恐らくこれが正解だったのだろう。一安心だ。
「纓人、お前いつの間に若宮先輩と知り合ってたんだよっ」
「……去年の学祭だよ」
「聞いてねえよっ」
「訊かれてねえし、言ってねえし」
――若宮優里亜。アリスト学園高等部の2年生で、生徒会執行部所属。
それだけなら、学内では少々知名度が高いの生徒くらいで済む話かもしれない。だが、そうならないのは、この先輩が昨年秋の学園祭で開催されたカラオケ大会に生徒会権限的なノリで飛び入り参加した結果、1年生にして圧倒的な歌唱力を武器に並み居る上級生達や芸能コースの生徒を抑え優勝した人だからだ。その天真爛漫なキャラクターとかわいらしさも相まって一躍学園のアイドル格に輝いた、いわゆる学園内有名人のひとりだ。
ちなみに、さっき先輩自身が言い放ったのはそれがきっかけで付けられたキャッチフレーズのようなモノで、『新歌姫』と書いて『ニューヒロイン』と読ませるのは、学園祭後に新聞部が書いた記事タイトルによるものだ。
なお、部活動の所属は合唱部などではなく、籍を置いているのは調理・製菓部。音楽系の部活動では、気が置けない友人がいるからと言う理由であくまでも助っ人として軽音楽部の活動に参加して、良くてゲストボーカルをする程度だ。ウワサによるとすでに芸能事務所から相当な枚数の名刺を受け取っているとか何とか。
「見回りですか?」
「一応ねー」
「一応、って。……先輩、生徒会役員ですよね?」
他の役員はサポートに来ている生徒たちに指示をしていたり、いっしょに新入生の手伝いもしているのだが。これは完全無欠に談笑だと思うのだが。
「でもホラ、君たちも新入生には違いないわけでしょ? 内部進学だろうと何だろうと、新入生とは等しく親睦を深めたいと思っているのだよ」
モノは言い様だった。この先輩はいつもこうである。
「……ホントのこと言うと、表向きはたしかに見回りしてるけど、ワタシには裏ミッションがあるのサ」
「裏ミッション、ですか?」
「そ。とある人を探すという、ヒジョーに大事なミッションなのだ」
言い方は大袈裟だが、まぁまぁ楽しそうである。いつも楽しそうにしているのは否定しないが。それにしても、いったい誰が来るのやら。
「連絡もあったし、そろそろ来ると思うんだけどなー」
「え? 新入生なんですか?」
「そうそう」
そういえば以前、優里亜先輩は高等部からの入学だと言っていたことがあった。ならば、中学校時代の後輩とかなのだろうか。
「どんな子なんですか?」
蒼空も興味深そうに訊く。食いついたのはちょっと意外だった。
「えーとね、すっごくカワイイの」
「えっ!? カワイイんですか!? 女の子ですか!?」
やたらと勢い込んで大成も話に入ってきた。――だろうな、お前ならそういう反応をすると思っていた。
「そうだよー」
「へー」「マジッスか!! いやー、でも先輩のお知り合いですもんね! そりゃーカワイイのは当然っていうか……!! なっ!?」
俺の返事と大成の喧しいセリフが出だしだけ重なった。っていうか、何が『なっ!?』だ。俺は何を同意すれば良いんだ。絶対にしてやりたくないが。――ええぃ、肩を抱こうとするな。朝から鬱陶しい。
「あれれ。何で纓人クンってば、そんなに適当なの?」
「コイツ、さっきからこうなんスよー。折角新しい仲間たちと仲良くなれるチャンスだっていうのに」
大成、やたらと外面の良いことを話し始めた。仲良くなれるチャンスとな。ナンパと言い換えられる程度のモノをそう表現するのか。大したモンだ。
「ダメだよー、そんなんじゃ」
「そう言われましても」
「だってその娘、纓人クンも知ってる人だもの」
「え? だ」
「あ、来たっ!!」
誰ですかと訊く時間はまったく無かった。その尋ね人の姿が見えたのか、そちらの方へと向かって大きく手を振り始めた。
「望愛ーっ!! こっち、こっちぃー!!」
「は?」
――ノア?
優里亜先輩が手を振る方を弾かれるように見れば、そこにはどこか懐かしさを覚える人が歩いてきていた。
次回、『3年ぶりの人』登場。