3-7. 購買部へゴー
§
「美味しかったです」
「ええ、とっても」
「新入生諸君に気に入ってもらえて大満足だよ……と、ウチの特別顧問も言ってます」
「ホントですか、それ」
その御人の姿、今日は厨房の奥なのか見えなかったような気がするんだけれども。
「そりゃもう、私は同じ料理人として通じ合っているつもりだよ?」
「……なるほど」
無難に納得しておくことにする。自分が作ったモノを気に入られて不満に思うのは、相当意識が高い人か、あるいは余程の変人だろう。――正直、今日の場合はそこまで味が脳みそまで届いてこなかった気しかしなかった。
俺にとっては大波乱に満ちた昼食をようやく終えて、生徒会の仕事が入っていない優里亜先輩もまとめて予定がなくなった。
「これからどうしよっかー?」などと先輩が先輩らしく話を引っ張っている姿を見ながら、ふと思う。そういえば去年までの今頃――つまり中等部時代の俺は、春休みを過ごしていただろうか。
マンガや雑誌、果てはゲームまで、特段そういうモノの持ち込みを制限されているわけではない。ただし、それ相応に所持の難易度は高く、そういったモノに感けすぎてで成績が下降線になっているとか、就寝時間を守らなかったとか、いわゆる『アリスト学園中等部の学生として相応しくない態度』であることが見つかった場合は、当然のように容赦なく没収される。場合によってはそのまま廃棄されるというウワサも聞いたことがあった。さすがに個人の所有物にそこまで干渉するのは現代的に考えてアウトだと思うが、実際のところはどうなのだろうか。
そもそも中学生の財力なんて高が知れている。ただし、幸か不幸か俺はここに入学してからはそういった娯楽に対して執着は無くなっていたので、出費をする先も同じように高が知れていた。俺の場合は、たまに図書館――とひとくちに言っても構内にいくつかあるのだが――に行って本を読むか、大成に引き摺られるようにして外出をした先で買い物をするくらいしか無かった。
中等部生は基本的にアルバイト不可能なので、もちろんそれ以外の場合であれば部屋に籠もりきりだ。言うまでも無い。
だから昨日やさらには今日のように、こうしていろんな人と時間を過ごすと言うこと自体がほぼ未経験のような感じだった。
「……おーい、纓人クーン?」
「…………あ、は、ハイ。……何でしょう」
「エイちゃん、話聞いてた?」
「……ごめん」
優里亜先輩に呼びかけられ、心ここにあらず感丸出しで返答する。当然のように、上の空だったことは望愛にバレていた。
「これからどうしようかという話をしていたのですが……」
「購買に行こうという結論になった。異論はあるか?」
具体的な説明はカリーナとセーラがしてくれた。話を無視していた側としては、ここで文句を付けられる立場にないことくらいは理解しているつもりだった。ここはおとなしく二つ返事で承諾することにする。
もちろん、その発想自体がベストだということもわかった上での二つ返事だ。
「さすがっスね、若宮先輩」
「でしょ~? 中央食堂もそうだけど、アレだって是が非でも新入生に紹介したい施設トップ3だからね。話にも聞いてるだろうし、資料でも見ているだろうけど、『それでも!』ってなるのもトーゼン」
俺を含めた中等部からの生徒が大きく頷いて、先輩と大成がガイド風に先を歩き始めた。俺と蒼空は、少し疑問に思いつつも期待を隠せずにガイドに付いていく3人を後ろから眺めていた。
〇
「うわぁ……!」
目を輝かせるカリーナ。
「……広いな」
若干引き気味のセーラ。
「ねえ、エイちゃん」
「ん?」
「これ、ホントに学校の購買なの?」
「紛れもなく」
「……信じられない」
いろいろと俺に確認を取った上で呆然とする望愛。
――この掛け合い、どこかで聞いたような気もするな。
「ここには中等部も高等部も教職員も来るからねー、規模が桁外れなのよ」
「そ、それにしても……」
望愛が目をまん丸にしている。元々黒めがちな瞳をしているが、さらに大きく見える。そして発した言葉とは裏腹に、その目の奥が爛々と光り輝いている気もした。
ムリもない。アリスト学園の購買は、そんじょそこらのスーパーマーケットなんか目じゃないくらいの敷地面積と品揃えがあるからだ。ホールセールクラブなどと言われるような倉庫型店舗を使って会員制で運営されている、|あの有名小売りチェーン《コストコ》にさえひけは取らないと思う。
学生証にはチップが内蔵されていて、プリペイドカードとしても使える仕掛けだ。これを店内で使えるカートにセットして、商品に付いているタグやバーコードを読み込んでいけば、あとは無人レジで簡単決済。なかなかハイテクなシステムを導入していたりする。
ちなみに寮などに設置されている自動販売機も、現金はもちろん、この学生証で使えたりする。
「世話になっておいて言うセリフじゃないとは思うんだけどさ」
「うん?」
「どうなってんだよこの学校、……とは時々思ったりするよな」
「まぁ、そうな」
大成の言うことはよくわかる。当然俺も思っているし、他の生徒だって自分が通っている学校ながらそれくらいのことは思っているだろう。
一般的なスーパーもセルフレジは増えてきているが、無人レジの導入はまだ少ないはずだ。それを学校の購買に導入するというのは、一体どういう力が働いているのだろうか。コドモな俺たちにはまったく分からない何かが動いてるいるのかもしれない。
「望愛もこれで安心でしょ? 大抵の食材はしっかり揃うから自炊もバッチリ」
「……」
無言で、どこかを見つめている望愛。優里亜先輩にすら無反応とはどういうことだろう。
――と、そんなことを思っていると、望愛はいきなり駆け出した。なんだどうしたと望愛以外の全員が思いながら彼女を見つめれば、そのままの勢いでカートを1台持ってきて、早速学生証をセットすると。
「エイちゃん」
「あ、ハイ」
静かな、それでいてどこか威圧感を漂わせるような声。その主はもちろん望愛。
「荷物持ちお願い」
「ッス」
そのままカートを渡される。俺は小さな返事をすると同時にカートを受け取ると、望愛のやや後ろにスタンバイした。こちらを全く振り向かずに望愛はそのまま店内へと入っていく。もちろん俺もその後をピッタリとフォローする。
「え、ちょ、ちょっと。何その流れるような召使いっぷりは」
「説明は後だ」
俺を追いかけてきた蒼空は困惑気味だった。それも仕方ないかもしれないが――ああ、ほら。そんなことをしている暇なんてない。望愛は早速入り口近くにあった野菜コーナーの吟味を始めている。俺は慌てて駆け寄り、望愛から見えるが邪魔にはならない場所にカートを付けた。
「スゴい……、値段はしっかり購買価格なのに……」
入り口の彩りも兼ねていそうなパプリカの陳列棚にいきなり捕まった望愛は、ひとつひとつに目を凝らしながら、まさに恍惚の表情だった。
「……あ、この辺りなんかいかがでしょう?」
「採用」
差し出したパプリカを一瞥して判定。俺は合格判定を受けたパプリカをそっとカートに入れる。
次の陳列棚へと向かった望愛と、約3年ぶりの感覚に浸る俺。
そして、そんな俺たちを奇異の目で見つめる5人。
よくわからない構図は、結局この後1時間ほど続いた。
尻に敷かれるタイプだろうな、エイト。