2-9. 騒々しさは不可避
§
「ねえねえ! 昨日チラッとだけ見えたんだけど、ふたりとも新入生さんだよね!」
「え? あ、はい、そうです」
「うおおお……! こんな素敵なふたりとともに勉学に励めるなんて……!!」
「あ、ああ……」
「いや、もー、めっちゃカワイイ……。なにこれホントにどういうことなの」
「薄々気付いてましたけど、レベル高いッスよねアリスト学園……」
圧しが強すぎる大成と優里亜先輩に押されまくって、さっきまでの調子がどこかへ行ってしまったカリーナとセーラ。
仕方ないとは思う。蒼空と俺でどうにか制御できる大成に、恐らくは望愛をしっかりと振り回してきただろう優里亜先輩が組み合わさって、俺には無敵に見える。
ところで大成、本当にお前はしっかりと勉学に励むんだな?
男に二言はないよな?
そんなことを大成に訊いてふたりを解放してあげたい気持ちはもちろんあった。だけど、為す術も無く俺の悪友と先輩に絡まれたふたりを心配するだけの余裕は、残念ながら俺にはなかった。
「え、なになに。んんー? どーゆーことぉ?」
――近い、近い。
蒼空がわざとらしく何度も角度を変えながら、俺の顎下から見上げるようにして訊いてくる。
その動きだけならあざといのだが、如何せん表情に乏しい部分があるせいかそこまで厭な感じはない。愉快ではないのに越したことはないが。
そして、すぐ後ろでは望愛が気が気でないような顔をしている。
「おっかしいなぁ……。普段からこれ見よがしに陰キャを標榜する纓人が、どーしていきなりめっちゃかわいい女の子を、しかもふたりも連れてエレベータを降りてくるんだろうなー? ふしぎだなー?」
コイツ、何かいろいろと察しながら、知らぬ存ぜぬのスタンスで――。
言い訳を何とかひねり出そうとしていて逸らした俺の視界に、望愛の何とも言えない曖昧な表情が入ってくる。何だ、それは。何かを言いたそうで、でもどこか何も聞きたくなさそうにも見える。困った、余計にイイ説明が思い付かない。
「まるで、朝帰りみたいだなー?」
蒼空さん。そのフレーズは、危険なことを解っていてあえてぶつけてきましたね?
そんな蒼空の質問のようなモノに、うんうん、と声には出さず首だけで反応する望愛。――いや、もうそれって、いわゆるチェックメイトとか言われる類いのヤツではなかろうか。
「……ねえ、蒼空ちゃん」
「うん?」
「やっぱり回りくどいのはちょっと……」
「うむ。それは望愛の言うとおり」
控えめに袖を掴んでいた望愛の方を向きながら大きく頷く蒼空。そして勢いよくこちらに向き直る。
「あのふたりと今までどこでナニをしていたの? ……と、望愛さんは訊きたいようです」
ドカンと強烈な一撃。その直球は、さすがにデッドボール級だ。しかも、結構な速度でためらいもなくまっすぐにヒトの側頭部辺りを目がけて飛んでくるヤツだ。ポーカーフェイスのケンカ投法はやめてくれ。
「え、わ、わたしは別に……」
「知りたくないの?」
「知りたいです」
「正直でよろしい」
望愛さん、後生ですから、あっさりと折れないでください。
しかしその反応に満足そうな蒼空。何故かグッと目に力が入っている望愛。
それにしても、どうして蒼空は出会った2日目にして、望愛をこんなにも手懐けているのだろう。俺だって、あちらの両親に連れられていた望愛に初めて会ったときは、それはそれはとっても警戒されていたことを覚えているのだが。何だ、それほどまでに同性と異性の差はデカいのか――。
――デカいな、うん、そりゃデカいわ。
言うまでもなかったわ。考えるまでもなかったわ。
「あー……」
そして結局マシな返しを思いつけなかった俺、当然ながら大ピンチ。
どうするのが正解かって、ココはもう下手に取り繕った方が負けなのではないかと思えるのは確かだった。せめて大成くらいのキャラなら何とかなるのかもしれないが、生憎ココに居るのは俺であって大成ではない。もちろん現状のすべて言える状況ではないが、それでも言える範囲では真っ正直に言ってしまうのが良さそうだった。
「いやぁ、まぁ、その……。新入生サポートに来る直前でこのふたりにちょっとこの辺りの施設とかを案内してほしいって言われたから、案内をしていて……」
「ふーん……?」「へー……」
ふたりから同時に「65点の答えね」みたいな反応をされた。毒にも薬にもなってなさそう。それでも毒にさえなってなきゃいいか、とか思えるあたり、今の俺は自己評価の基準が低かった。窮鼠、必ずしも猫を噛めない。
いや、だってさ。それ以外にまともな説明があるか?
――ムリだろう。有りもしないことを言うのはそれこそ無しだが、俺のようなヤツがこんな可愛い子を引き連れていることがすでに犯罪レベルなのだから、これはもうどうしようもない。そして、こういうことを自分で言っててさほど哀しくならないのも、また哀しい。
「……さてと、纓人クン?」
「纓人くん?」
さっきまでしっかりとカリーナとセーラを確保していたはずの優里亜先輩が、ゆらぁりとこちらを向いた。その微笑みにゾクッとする。もちろん決して歓喜のモノではない。それはハッキリさせておかないと、俺の性癖があらぬ方向で解釈されかねない。
ちなみに、いっしょになって大成もこちらを向いたが、そっちは無視。
同時に蒼空と望愛はふたりに相対した。俺への追求は終わったということならそれはそれで安心だけど、ピンチはまだまだ終わらないらしい。
「キミにはワタシの質問に答える義務があります」
「……ハイ」
ノーとは絶対言えない雰囲気にあっけなく折れる俺。
「『朝帰り』なの?」
「違います」
ハッキリとノーを言える質問だった。一瞬の隙も与えずに答える。
「ならばヨシッ」
あ、良いんだ。ちょっと意外。
「新入生サポートの一環ということならば、生徒会としては何も言うことは無いさネ」
「あ、ありがとうございます……」
納得してもらえた風のことを言われ、思わずお辞儀する。
――でも違う、決して本心からそういうことを言ってないことくらい、解る。
だって、目がマジだもん。何か怖いもん。
この人――と、ついでに大成も、絶対まだ『朝帰り』を疑ってるもん。
「……なるほどな」
誰か助けて――と思った瞬間、助け船がやってきた。正確には助け船じゃないかもしれないけれど、今ならこの話題を打ち切ってくれそうなモノなら何だって助け船だ。千切れて漂ってきた藁だって、今の俺にとっては立派な助け船だった。
声の方を見れば、セーラが何かを納得したように何度も頷いていた。何が『なるほど』なのか、と思えば、そのままセーラは望愛、蒼空、優里亜先輩とひとりずつ見つめて、最後にカリーナを見て微笑む。
そして最後に彼女はこちらに歩み寄り、俺の目をしっかりと見つめて――
「つまり、この3人はみんなカリーナの『ライバル』ってことかな」
――そう言った。
邂逅の結果、こうなります。