2-7. 目的
――とはいえ、である。
「……今日は最後に、もうひとつだけ、訊くだけ訊いておいていいかな? わりと根幹に関わるような事だと思うけど」
「もちろんです」
「何でもどうぞ」
一応言質は取った。遠慮はまだあるけれど、さすがにこれを訊かずに明日の朝は迎えられないと思う。言い方は大袈裟かもしれないが、直感的に『コレを訊け!』と脳内のどこかのパーツが叫んでいる。
「……その、『俺に会うため』って、どういうことなのかな……って思ってて」
彼女たちのようなド真ん中ストレートの言い方ではなく、7割くらいの力感でコーナーを狙ったような言い方にはなった。それでも言えただけマシだろう。
その瞬間にひゅっと風が吹き抜けて、カリーナの目が点になる。
セーラはカリーナの横顔をチラッと見て何かを囁いた。
逡巡していたカリーナだったが、小さくセーラに対して頷くとセーラは小さく息をついて俺に答えた。
「そのままの理由だよ」
「……うん、いや、まぁ、別にその……疑っているわけじゃないんだ。ウソをついているようには思えないからこそ訊いているってことで」
「嘘偽りなんて何もないさ。カリーナはただただ君といっしょの学校に通って、いっしょの学生生活を送って、その間にしっかりと絆を深めて……」
そこで言葉を切ったセーラはもう一度カリーナを横目で見て――。
「……エイトに自分のことを好きになってもらって、最終的にはエイトと結婚する。それが目的だ」
――そう続けた。
「えーっと……あの、それは、セーラの口から説明されても良かったのかな……」
「あ、ハイ。大丈夫です。セーラちゃんもよく知ってることなので……」
顔を真っ赤にしたままで、徐々に言葉尻が消えていくようにカリーナは言った。どうやら最終的な目標地点まで間違いはなく、それを恐らくは親友であろう女の子から伝えられる形でも問題はなかったらしい。
「そ、そうな、んだ……。そう、ですか……」
理解は、できている。
そのはずだ。
だけど、あまりにも非現実なワードすぎて――やっぱり理解できていない。いや、ムリでしょ。だって、俺まだ18になってないし。法的に結婚はまだできない年齢だし――って、ああ、だから『最終的には』なのか。それまでは待つ、ということなのか。
いや、もしかしたら、カリーナたちの世界、もしくはカリーナたちの国では15歳あたりで結婚が既に許されていたりするのだろうか。そうだとしたら――。
「待て、待て。落ち着け、俺」
まさか実際にこんな言葉を声に出して、自分に言い聞かせるような時が来るなんて。
でも、少しは多めに見てほしい。高校生活が始まろうかというタイミングで、異世界から来た魔法が使える女の子と知り合いになっただけでなく、その女の子の許嫁になるかもしれないなんてことがいきなり発生したら、きっとふつうには落ち着いていられないと思う。
――全く事実は小説よりも奇妙なりけり。
「……ん?」
「まだ何かあるかな? まだまだ質問は募集中だが」
「あー、いや。うん、大丈夫」
本当か? と言いたいような顔でセーラがこちらを見る。俺の心の中まで覗き込んできそうな表情にも見えて、少しドキリとする。
実際、まだ訊きたかったことはある。
もちろんそれは『どうしてカリーナは俺を結婚相手にしたがっているのか』とか、『いつカリーナは俺のことを知ったのか』とか。結婚披露宴とかなら『新郎新婦の馴れ初め』などという企画あたりで大々的に話されるような内容になる。
あとはなにより、――『セーラはカリーナとは違うのだろうか』だ。
ただ、これを訊いたらさすがに『かなり自意識過剰なイタいヤツ』にしかならないので、実際に訊くのは憚られてしまう。あの口調や雰囲気からしたら、カリーナと同じような理由があるとは思えないけれど。
「……うん、大丈夫だと思う。もし今後何か知りたいことがあればその都度訊くとは思うけど」
きっとこれは今訊くべきことではない――。そんな直感に、俺は従うことにした。
「それで全然構わない。今後の質問ならぜひカリーナに訊いてやってくれ」
「もー、セーラちゃんってば」
「その方が好都合だろ?」
得意げに言うセーラに少し呆れながらも照れた様子は隠さないカリーナ。何となくこのふたりの関係性は読めてきたような気はしてきた。
これで目の前にある問題点は解決したような気がする。――いや、そんな生温いことでオール・オーケーみたいなことになんかなるはずがないことを理解できるくらいには、俺も大きくはなっている。どこからどう見たってヤバそうな爆弾を背負わされたような気分は、結局のところ抜けちゃいない。
これから彼女たちとどういう人付き合いをしていく、もしくはさせられていくのかは全然予想が付かない。少なくとも安閑とした日々ではなくなるのだろうなという、悪寒みたいな感覚はあった。
そういえば、今は何時くらいになったのだろう。さっきの会話からすれば、今俺が立っているこの世界は『今まで通りの世界』なわけで、時間の流れなども今まで通りになっているはずだった。
スマホで時間を調べてみれば、午前8時45分。
「……あ、ヤバイ。俺、仕事というか、お手伝いをしないといけないんだ」
何のことだろうと疑問符を頭の上に浮かべていそうなふたりに、新入生サポートの件を説明する。ふたりも昨日その光景を目にしていたのですんなりと理解してもらえた。
だけど、俺が行かなければいけないというのは理解してくれたものの、カリーナはとても残念そうな声色だった。声にこそ出さないが、セーラも若干気落ちしたような雰囲気を醸し出している。放っておけない雰囲気というか、そのままここから帰してはいけないような気持ちになる。――何だか、懐かしい感覚だった。
「近いうちにまたこうして色々話そうよ。今度はどうして留学みたいにしてウチの学校に来たのかとか、いろいろもっと緩いこと訊いてみたいし」
「ぜひ!」
「私も、お願いする」
ふたりに笑顔が戻った。良かった。
許嫁候補、無事に登録。