2-4. ふたりは異世界のXXX
「……ちょっと、整理させてもらっても大丈夫ですかね?」
ただでさえよくわからない空間移動のようなことをさせられた上で、それに加えてのコレだ。ごった煮というか、満漢全席というか。そんなレベルで盛りだくさん。
ナチュラルに敬語になるくらいには疲労感たっぷりという感じがする。ずっしりと重たいモノが頭に載せられているような感覚すらある。
何かもう、疲れてきてしまった。どこか座れるところはないか――。
「あ、休憩でしたら……これでもどうぞ」
「え? ……あ、ハイ。ありがとう……」
俺のすぐ後ろに、どこから沸いてきたのか分からないが、まるで玉座な雰囲気の椅子があった。
もう俺は驚かない。モノが出てきたくらいじゃ、俺はもう驚かない。言い聞かせる。
恐らくは彼女たちのどちらかが出してきたんだろうし、そもそも驚くだけの精神的な体力がないというのが正直なところだった。
それにしても、――モノを出すくらいなら詠唱もしなくていいんだな、なんてことを思ってみたりはできているあたり、いくらか俺にも余裕ができてきたらしい。早くも魔法とやらに順応している自分が少し怖いが、出して貰ったモノはありがたく受け取ることにして、俺はその玉座についた。
「……え、マッサージ機能付き!?」
「どうされましたか?」
「……あ、イイエ、何も」
座るとすぐにカラダのコリを解してくれるような動きが座面と背面にあった。明らかにこの世界に存在してきたマッサージチェアとは違う感触なんだけど。揉み玉がゴリゴリ動く系じゃなくて――その、端的に言って――――。
――気持ちいい。
いや、今はそれどころじゃなくて。
――あ、何それスゴぃ、何でそんな俺のツボを知ってるのぉ……?
だから、今はそんなことに構っている暇なんてなくて。
「あ、マジこれすごい……」
「お気に召しましたか?」
「はい、もう……」
半分溶けたような俺の声に、カリーナは満足そうに笑って、――続けた。
「良かったです。調教していた甲斐がありました」
「……んぇ?」
何ですって?
――チョウキョウ?
アナタ、イマ、調教ト言イマシタカ?
「たぶんエイトの世界で言うところの『魔獣』っていう類いの仔が、その後ろに居る」
「は!?」
「あ、慌てなくていい。大丈夫、大丈夫。ドラゴンの小さな仔ですごく人なつっこいから」
「……」
――いや、そうじゃなくて。
そこで『ああ、そうですか。なら安心だね』などと言えるほどに、俺はまだ君らの世界に順応してないんだけれども。さっき『魔法には若干順応してきている』と言ったかもしれないが、あれは即時撤回させてほしい。
大人気ゲームの世界じゃないんだから、ここは。そんな簡単にふしぎ生物のなつき度上げないでください。マッサージとかをしてあげると人になつくと聞くが、ある程度なつくと彼らは人のマッサージができるらしい。それは知らなかった。
そうだよな、何だか妙に意思を持った何かに押してもらっている感覚があったんだ。
おかしいと思った。家電量販店に置かれているマッサージチェアでも、もう少しボールのような感触があったはずだ。整体には行ったことないけれど、何だかそういう専門職の人がやっているような感じは覚えた。
「……とりあえず、もういいかな。充分気持ちよくなったし」
「そうですか。なら良かったです」
満足そうなふたり。その微笑みに思わず心臓をぎゅっと掴まれそうになる。
一応その魔獣とやらにも感謝を告げておいた方が良いのかと思い小さく「ありがとう」と言ってみると、『きゅぅん!』と言う返事が聞こえた。
あら、カワイイ声。
どんな見た目なのかは知らないけど、声はピカイチにかわいかった。思った以上にしっかりと意思疎通できたことと、この魔獣までもが日本語を理解できていることにちょっとびっくりしたけど。
そういえば。
「ふたりはどうして日本の言葉を理解しているんだ? それも魔法とかを使っているのか?」
魔獣よりも優先順位はこのふたりだ。どうしてふたりはここまで異国の言葉を扱えているのだろうか。どこかで勉強したのか、あるいは魔法的な何かを使っているのか。
「魔法のサポートも使ってはいますが、語学の勉強もそれ相応にしてきています」
「あ、そうなんだ」
「まだまだ足りないところが多いので、ぜひエイトさまからも教えていただきたいです」
「あ、ああ、まぁ、俺で良ければ全然構わないけれど」
「エイトさまが良いのです」
「そ、そうですか」
圧がすごい。悪い気はしないけれど、とにかくカリーナの圧しが強い。横でセーラが苦笑いするほどだった。
「えーっと……それで、だ。ふたりはその……ごめんなさい、国の名前って……」
「リベール・ダフネ=ルミナス帝国、です」
「うん、それです」
短縮形は無いのか。――無さそうだな。とりあえず失礼がないようにするならば、正式名称っぽい彼女たちの言い方に倣う他はないだろう。訊き返すのは出来ればこれっきりにしたい。でも、カタカナ語って得意じゃないんだよなぁ。何となくするっと言えない。耳慣れない響きのする音の並び方だととくにカタコトになりやすい。そのせいか世界史とか苦手だし。
「リベール・ダフネ=ルミナス帝国では、ふたりは」
「我らが帝国は多民族国家であり、諸王国の集合体になっているんだ」
俺の疑問をわかっているのか、セーラがそのまま話し始めてくれた。
「ひとつの国を形成しているとはいえ、……その、何だ。あまり大きな声では言えない関係性になっている国というのも無くは無いんだ」
「私とセーラの国はそういったものとは無縁なので、安心して下さい」
「アヴィオール王国はヌーベルリュンヌ王国は同盟国なのでね」
「はぁ……」
まぁ、そんなモンだろう。実際にはどんな闘争になっているかは知らないが、王国間の権力争いと言われれば何となくは想像が付く。
――ん?
「あれ? ちょっと待って。今、ふたりの国の名前……」
「アヴィオール王国と、ヌーベルリュンヌ王国ですか?」
「……うん」
ひとつ、深呼吸。今から訊いた結果がどうあれ、俺は気を確かに持たなくてはいけなさそうな気がしてならない。もうひとつおまけに深呼吸をしておく。
「まずは、カリーナにもう一度、確認のために訊きたいんだけど」
「はい」
「君のファーストネームは何だっけ?」
「ミラアルゴ=アヴィオールです」
なるほど。
「次に、セーラにももう一度、確認のために訊きたいんだけど」
「構わないよ」
「君のファーストネームは何だっけ?」
「エスピリア=ヌーベルリュンヌだ」
うんうん。
――嫌な予感、どう考えても的中してる気しかしない。
でも、きっと、これは訊くしかない。逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だと、脳内で誰かが叫んでいる。主人公になった気分で訊いてみよう。
「もしかすると、君たちって」
「はい、私はアヴィオール王国の第1王女です」
「私はヌーベルリュンヌ王国第2王女だ」
――はい、的中。ちょっと先回りで言われたのが締まらない感じになったけど。
「要するに、お姫さま?」
「ええ、まぁ、……その、一応は」
「一応は、な」
口調こそ違うが、どこか居心地が悪そうな雰囲気で同じ様なことを言った。
やんごとない身分の方でした。