2-3. ブッタイイドウジュツ?
「……あ。えーっと、竜王纓人、です。ハイ。今年からこの学校の高等部に入ることになってます」
俺は、全くもって聞き慣れない音の奔流に飲み込まれていた。
そのせいで自分の名を名乗るまでに数秒タイムラグを作ってしまった。
――横文字だ。しかも、長い。
ミドルネームなのか、苗字がふたつあるのか、よくわからない名前の構成だった。
音として耳から入ってきたことは認識できたが、それを名前であるとは全く認識できないままにするーっと逆の耳から抜けていったような感覚だ。後で詳しく文字面として捉えたいところだ。
「……って、違う違う。そうじゃない。落ち着いてる場合じゃない。俺、訊きたいことがあるんです、いくつか」
しっかりと互いの名前の交換ができた――わけではない、俺はまだ彼女たちのファーストネームを認識できている程度だが――のは喜ばしいことかもしれないが、そうじゃない。なぜか敬語になってしまった自分も気になったが、今はそうじゃない。
「ご質問でしたらもちろん、ある程度の範囲かもしれませんが、お答えします。私たちとしても、エイトさまには知っておいていただきたいこともありますし」
カリーナは言う。
ある程度、とは。
その範囲は掴めないが、この際そんなことを気にしているべきではない。
「あと、エイトは別に敬語じゃなくて構わない。同い年なんだし」
「あ、……そうか。それもそうか」
たしかにふたりも留学生としてアリスト学園に入学すると言った。そうなれば同い年だ。
そこまで敬語に慣れ親しんでいるわけでもないので、セーラの言葉に甘えさせてもらうことにしながら、まずはいきなり俺の身に降りかかってきた理解不能な現象から訊くのがいいと思った。
「じゃあ、いきなり質問で申し訳ないけど……どうして俺は、いきなり屋上に来てるんだ? ホントに気付けばここに来てたみたいな感じだったんだけど。……そう、それに、その直前まで俺の周りに誰も居なかったし……」
そう、それこそいきなり瞬間移動でもしたみたいな――。
「まずは、……今こうして屋上に来ている件についての説明から致しましょうか」
「うん、お願いする」
言い終わって、思わず喉が鳴る。
「あれは物体移動術の一種です」
「……へ? え、ブッタイ……?」
ちょっと――何か、耳慣れない単語が聞こえてきた。
「物体移動術です。エイトさまの世界におかれましては、おそらく『魔法』などと言われる物として扱っていただいて差し支えありません」
思わず訊き返すように言った言葉を質問と捉えてくれた聡明さで、あっさりと解答が飛んできた。簡潔でいて過不足の無い、ベストな答えだ。解答者も『何てことないです』みたいな雰囲気を見せている。
だけどその中には、明らかに聞き捨ててはいけないワードが含まれていた。
「……ちょ、ちょっと待ってくれ。その……え? 魔法? それに、『俺たちの世界におかれましては』っていうのはどういうことだ?」
「はい、……ええと、そのままの意味ですけれど……」
それ以上の答え方はないとでも言いたそうに、困った顔をするカリーナ。
――まさか、そういうことなのだろうか。
いやいや、そんなまさかフィクションみたいなお話なんて――と、まさかをまさかで上塗りして事なかれ主義に走ろうとする俺。それでも好奇心がやや上回って、わざとらしい咳払いを挟んでから訊ねる。
「……それじゃあ、……あの、『留学生』っていう話は? その、『何処』から来たのか、って話なんだけど……」
それでも遠回しに訊く辺り、俺もヘタレだった。自覚はある。訊くことができたという点を褒めてほしいと思う。
「それは……何て言ったらいいかな?」
「半分正解で半分誤答、という感じだろうか」
「あ、そんな感じだね」
カリーナはセーラへ確認を取るように訊き、それをセーラが受けて答えた。笑顔で満足そうなカリーナだが、俺の心中はそんなに穏やかじゃない。むしろ大時化だ。
「その辺りは隠していても仕方が無いところだし、そもそも隠すつもりもないところだ。今ここで、すべて、答えよう」
「そうだよね。エイトさまには必ず知っておいていただかなければいけないことだし」
再び頷き合ったふたりは、静かに俺へと向き直る。
思わず生唾を飲んでしまった。
「私たちはリベール・ダフネ=ルミナス帝国というところから参りました」
――聞いたことは、無い。
「……それはつまり」
「いわゆる『異世界』と称されるようなところかと思います」
「マジか……」
――そんなライトノベルみたいなこと、あるのかよ。
固有名詞考えるの苦労しました。




