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素直になれない生意気な義妹はマッチングアプリの相手に変装して俺に迫ってきたけど即わかってしまった

 チュンチュンと鳴く(すずめ)


「おーい、朝だぞー!」


 リビングから声をかけると、眠そうに()ぼけ眼をこすっている義妹の『深山 未来(みやま みく)』が階段から降りてくる。

 朝日に眩しい金髪、深い海のような青い目、ビスクドールのような白い肌。


 完全無欠の美少女……だが、はっきりいって俺を嫌っている。


「……はぁ? 朝なのはわかってるんだけど。てか、起きてたし」

「いや、明らかに寝起きだろ」

「はぁ? 起きてたんだけど。しょーこあんの?」


 異議あり!


「口元に(よだれ)(あと)がある」

「……ばかっ! 見んなし!」


 顔を赤らめながら、未来はばっと口元を(ぬぐ)う。


 どこか抜けてるんだよな。

 そういうところも可愛い。

 俺としては今まで一人っ子で折角(せっかく)可愛い妹が出来たんだから、もっと兄妹らしいことがしたい!

 夢なんだよね。金髪美少女にお兄ちゃんって言ってもらうの。


「あんたさ。なに見てんの? キモいんだけど」


 現実(げんじつ)は『お兄ちゃん』なんて呼ばれたことがない。


「そういうところも可愛いんだけどさ」

「キモ」


 思いは一方通行のままだ。


「で、ご飯は?」

「お兄ちゃん特製(とくせい)のバタートーストだ」

「朝はご飯だって言ったよね?」


 うん、聞いた。でも、米を()くの忘れたのだ。

 と、正直に言うのはちょっと情けない。


「ああ、それだけど。シェフの気まぐれでトーストになった」

「は?」

「ほら、気まぐれサラダに気まぐれ牛乳。更に気まぐれで作った目玉焼きだ!」

「馬鹿じゃないの? そんなに気まぐれ起こすならご飯炊いてよ!」

「トーストもいいもんだって。ここでお兄ちゃん豆知識(まめちしき)。トーストに目玉焼き乗っけると『天空の城』の朝食っぽい!」

「……テンション高すぎてキモ」


 馬鹿にしながらも未来がトーストを食べ始める。

 ……なんだかんでちゃんと食べてくれるんだよな。


「食べ終わったら途中まで学校一緒に行かないか?」


 俺は高校。

 未来は中学。

 兄妹仲良く登校したいんだけど。


「は? キモ」


 即座に断られた。


「……ごちそうさま」


 どれだけ悪態(あくたい)をついても『ごちそうさま』と言ってくれるところが未来の育ちがいいころだ。

 食べ終わった未来はさっさと家から出て行ってしまう。

 通り過ぎる際、(わず)かに(かお)る女子特有の柔らかい匂いが鼻に残った。

 でも、また今日もあまり話せなかったな。

 出会った頃、俺から未来に色々と話しかけてみたが、未来の態度は(かたく)ななままだった。

 それを問題視した義父さんと母さんから半年間の二人暮らしを提案されて、俺は(わた)りに船とばかりに受け入れた。

 未来も義父さんに言われてしかたなく受けいれたのだろう。


 こうして俺と未来だけの生活が始まった。

 だが、兄妹の仲は三か月経っても進展(しんてん)しなかった。

 ……これ以上未来と仲良くしようとしてもしつこいと言われるだけだろう。

 この三か月間は未来のことばっかりだったからな。

 別のことをしたほうがいいかもしれない。

 そろそろ俺も妹離れしよう。


「暇つぶしに彼女でも作ろうかな」


 ぽつりと(つぶや)いた瞬間、がたんと玄関で物音が聞こえた。

 ん? 未来が忘れ物でも取りに来たのか?

 ま、いいか。聞かれて困るもんでもないし。


 そんな風に軽く考えながら、俺は高校に向かった。


 ※※※※※※※※


 ガヤガヤと騒がしい食堂。日替わり定食や名物のカツ丼を乗せたトレイを手に()()う生徒達。


「というわけで彼女が欲しい」


 幼馴染の折原幸雄(おりはらゆきお)とカツ丼を食べながら俺は話を切り出した。


「あっそ。作ればいーじゃん」


 幸雄は俺のような普通のやつにも話しかけてくれる光属性のイケメン陽キャだ。めちゃくちゃモテているが、それを鼻にかけない気さくなところがある。

 普段から宿題やゲームの攻略まで色々と相談にのってくれる。だからこそ、今回の相談にものってくれるはずだ。


「誰か紹介してくれよ」

「まー、いいけどさー」


 やはり幼馴染の縁というやつだな。


「高志はどんな子がいいんだよ」

「可愛くて優しければなんでもいいよ」

「そーいうてきとーなのが一番困るんだよな」


 幸雄はため息を吐きながらもスマホで何かを操作する。なんだかんだ言いつつも面倒見がいいところがあるんだよな。


「……えーっと、この子は? 『高校二年。身長/体重:156cm・48kg。属性:善・混沌』」

「サーヴァントみたいな紹介するなよ」


 しかも、善で混沌って。悪寄りのやつばっかりじゃんか。


「バストはGカップだって。すごくない?」

「大きすぎだろ。偽乳MODでも入れてんの?」

「でも、大きいの好きだろ?」

「大好き」

「だよな」


 互いに笑い合う。こういう思考が合っているところも気が合う一因だろう。


「備考欄は……『本スレの十倍アンチスレが立つほど大人気』だって」

「なにやらかしたんだよ」


 怖いわ。


「もっと良い子はいないのか?」


 そう言うと、幸雄はちょっとイラっとしたように眉をひそめる。


「この子は? 『高校一年。身長/体重:144cm・28kg』」

「やせすぎて怖い」

「骨をカーボンにして肉抜きしてるみたい」


 ミニ四駆かな?


「チェンジで」

「もっと具体的な条件言えよ。髪が長いほうがいいとかさ。瞳がぱっちりしてるほうがいいとか」

「うーん、じゃあ、その瞳がぱっちりしてるとかでいいかな」

「おっけー、瞳フェチだな」


 幸雄がスマホをいじる。別にフェチってわけじゃない。というか、思いつかなかったから適当に合わせただけだ。


「あー、瞳がぱっちりしてるけど年齢が六十代だって」

「年上すぎだろ」

「他には――、場所が北海道とか千葉で近くにいる子はいないねー。もうちょっと条件緩くしようかな。『瞳・特徴的』でどうだ」


 別に瞳にこだわらなくてもいいんだけど。


「あ、いたいた。この子たちの中から選んでくれよ。右から『高校三年。特徴は目がハート』。『高校二年生。特徴は目が万華鏡写輪眼』『高校二年生。特徴は目が十二鬼月』」

「やべー瞳のやつばっかりじゃん!」


 映画だと『銀河ギリギリ!! ぶっちぎりのやべー奴!』って感じだ。


「そもそもさー。お前のほんとの好みってなんだよ」

「だから、可愛くて優し――」

「それは『世間一般(せけんいっぱん)の考え』をそのまま言っただけだろ。お前自身がいいなって思った子はいないのかよ。それがわかんないとマッチングできないだろ」


 ……う、確かに。

 幸雄が言う通り、俺の本心ではなかった。

 いいなって思った子か。

 ……ふと思いついたのは未来だった。

 いやいや、義妹だし。

 そもそも俺は高校生で未来は中学生。年が四歳も離れている。恋愛対象にするには幼すぎない?


 そう自分に言い聞かせつつも、頭の片隅には何かしこりが残り続けた。


「で、どうだ?」


 いきなり黙り込んだ俺に問いかける幸雄。


「いない」

「……」


 嘘つけと言わんばかりの視線。こういうとき幼馴染は手の内を読んでしまうから困る。


「本音を話してくれないならもう知らん。どのマッチングアプリを使ってるかは教えてやるから後は自分でやれよ」

「……わかったよ」


 さすがの幸雄も呆れたようだ。


 ま、ここまで教えてくれるだけでもマシか。


「それとマッチングアプリ教える代金として追加で焼きそばパン追加な」

「はぁ!? まだ食うのか!?」

「ごちでーす」


 その後、散々食べられて財布は軽くなってしまった。


 ※※※※※※※※


 その夜、リビングで俺は教えてもらったマッチングアプリを開いていた。

 なるほど。自分から女子を探す方法と自分を登録して相手から連絡を待つ方法の二種類があるのか。

 自分から女子を探す方法のほうが手っ取り早いようだが。


 ……俺自身がどんな子が好きなのかわからないんだよな。

 自分で自分の気持ちがわからない。

 とにかく妹離れしなきゃいけないってことぐらいだ。


 そうなると自分を登録して相手から連絡を待つ方法のほうがいいか。

 場合によってはなかなかマッチングしないらしいけど別に急いでるわけじゃないからなぁ。

 えっと、自分のプロフィールを登録してっと。


「何やってんの?」

「え」


 未来が自分から話しかけてくるなんていつ以来だろう。

 というか、初めてじゃないか?


「何やってんのか聞いてるんだけど?」

「あ、悪い。ちょっとマッチングアプリに登録しててさ」

「……ふーん」


 明らかに興味なしといった感じだ。

 未来はリビングの椅子に座ってスマホをいじり始めた。

 ま、いいか。えっと、これで登録は完了っと。


「……」

「どうしたんだ?」

「別に。ここリビングなんだからいてもいいでしょ」


 いつもはさっさと自分の部屋に閉じこもって出てこないのにどうしたんだ。

 義妹の考えてることがよくわからない件。

 ラノベにありそう。


「……あのさ。さっきポストに宅配届いてたよ」

「マジで!?」


 もしかして、この間ネットで注文したゲームかもしれない。

 俺はスマホを置いて玄関に向かう。

 ポストを開けて見て見るが。

 ……何もない。おかしいな。

 結局何も見つからないままリビングに戻る。


 いつの間に未来はいなくなっていた。

 なんだったんだよ。

 ……あれ? 俺のスマホってテーブルに置いたっけ?

 一瞬、未来を疑ったが。

 別に見られて困るものは入ってないからいいか。

 あとはマッチングするまで待てばいいか。

 長ければ一週間以上かかるらしい。

 気長に待つか。

 ――と思っていたが。


 ※※※※※※※※


「マッチングした」


 放課後(ほうかご)、幸雄にスマホの画面を差し出した。


「へー、どんな子? 頼めばなんでもしてくれそうな子?」

「何させるつもりだよ」

「チャンピオンズミーティングで一位取ってもらう」

「無理だろ!」

「冗談だけどさ。で、どれどれ」


 画面には黒髪(くろかみ)ロングの清楚系(せいそけい)美少女が映っていた。

 はっきりいってめちゃくちゃレベルが高い。


「え、マジでこの子?」

「そうなんだよ!」


 かなり心臓がどきどきしてる。これって俺のプロフがイケてたってこと? まさかモテ期?


「たまたまだろが」


 人の心読むなよ。


「それにしてもお前、昨日は乗り気じゃなかったのにどうしたんだよ」

「昨日、この子を見たときにピピっときちゃってさ。シンパシーを感じるんだよね」


 もしかして、これが一目ぼれというやつか?


「えっと、名前は『崎山歌古(きやま うたこ)』。中学かー。年下だけどいいじゃんか! やったな!」

「でも、これからどうすればいいんだよ?」

「相手から連絡が来ると思うから――、あ、タイミングよく来たじゃん。『これから会えないか』ってきてるけど、どうする?」

「会う。ちょっと貸してくれ」

「あいよ」


 スマホを受け取るとすぐさま『午後四時に駅前のカフェで待ち合わせしましょう』と打ち込んだ。

 メールをしてから俺ってこんなに積極的(せっきょくてき)だったか? と疑問が胸に生まれた。


 というか、会ってどうしよう。

 お茶でも飲む? え、待った。お茶って何飲むの? ドクター・ペッパーでもいいの? いや、さすがに癖ありすぎだろ。そもそもお茶飲むだけって速攻で話終わりそうじゃん。

もっと万人受けしていて尚且つ、飲みごたえがあるもの……。


 高速で思考が回る。


「んじゃ、デート頑張れよ」

「その前にさ。お茶って何飲めばいいんだ? カレーって飲み物か?」

「なんだよそのデブの発想。フードファイターになりたいのか?」

「い、いや、そういうわけじゃなくて。その、こういうの初めてだからさ。混乱しちゃって。どうすればいいんだ?」


 『はぁぁぁ~~』っと呆れたように幸雄が大きなため息を吐く。


「適当な感じでいいんじゃない」

「そんなんでいいのか?」

「俺、基本女に緊張しないからわかんねーよ」


 この陽キャが。


「やべーよ。もし、デートで失敗したらどうしよう」

「手のひらに『米』って打ち込んでおけば緊張しなくなるって言われてるよな」

「それだ! 米米米……あー、駄目だ! まだ緊張する! 体にも書いておくか」

「耳なし芳一(ほういち)っぽくなってるぞ!」

「大丈夫だ。ちゃんと耳の裏にも書き込むから」

「目的見失ってね?」


 ※※※※※※※※


 午後四時、丁度カフェに着いた俺は歌古を探す。

 放課後だから思った以上にカフェが混んでる。

 学生、カップル、主婦。

 この中から探すのは大変そう――。


 ? みんなの視線が同じ方向をちらちらと見てる。

 俺もその視線の後を追うと――歌古にたどり着いた。

 写真で見るより可愛い。

 というか、はっきりいってアイドルクラスだ。

 え、マジでこの子が俺を指名したの?

 心臓がめちゃくちゃ高鳴(たかな)る。でも、同時に違和感(いわかん)もある。

 まるでどこかで見たような。

 自分の感情に戸惑(とまど)っていると。


「あの」


 俺に気づいた歌古が声をかけてきた。


「は、はい」


 年下なのについ敬語(けいご)になってしまった。


「高志、さんですよね?」

「そう、だけど」

「初めまして。崎山 歌古といいます」


 立ち上がって頭を下げる。歌古の一挙一動(いっきょいちどう)が何か心の琴線(きんせん)に触れる。

 そのとき、ふわりと女子特有の香りがした。

 あれ、この香りって。朝()いだ感触――。


「未来?」


 咄嗟(とっさ)に出た名前は思った以上にしっくりきた。ああ、そっか。この胸の高鳴りは未来に感じているものと同じだ。それが違和感の正体か。


「え、え」


 めちゃくちゃ動揺してる。


「ち、違いますよ」


 確かに髪の色や目の色は違うし、未来と違って化粧(けしょう)をしているため、雰囲気も別人のようにも見える。

だが、俺にわかる。


「未来だろ」

「ち、ちちちち違うんだけど」


 ほら、口調が完全に未来だ。

 動揺のあまり口から本性が出たぞ。


「え、何やってんの?」


 俺の問いかけに歌古――いや、未来が覚悟を決めたように顔を上げる。


「私は未来ではありません。歌古です」


 あくまでも別人だと言い張るつもりか。

 未来には何か考えがあるんだろう。

 でも、俺もこれを機会に未来の本音がわかるかもしれない。

 なぜ俺に心を開いてくれないのか。

 心を開いていないのに俺と同居してくれたのか。

 そして――、俺のことをどう思っているか。

 なにせ家だと。


「邪魔」

「消えろ」


 みたいなこと言われるからな。


「じゃあ、改めて、はじめまして。歌古」

「は、はい、はじめまして。高志さん」


 こうして俺と歌古(義妹)のデートが始まった。


 結局家族の会話だよね。これ。


 ※※※※※※※※


「あの、実は私お茶をたてるのが趣味でして」

「え、そうなの!?」

「な、なぜ驚くんでしょうか?」


 家だと一度もお茶なんてたてたことないじゃん。


「お茶ってあの石臼(いしうす)みたいなやつを使うくらいしかわかんないだけど、どうやるんだ?」

「石臼? え、そんな小麦を引くような大きいものを?」

「あ、ごめん、何か間違ってた?」

「い、いえ、合ってます。それは、もちろん。奴隷(どれい)が回す棒を使って石臼でお茶をたててます」


 マジか。

 奴隷みたいに奴隷が回す棒を使ってお茶を挽いてる歌古を想像(そうぞう)してしまう。


「ち、力持ちなんだな」

「よ、よく言われます」


 いや、お茶に詳しくないけど明らかに嘘だ。

 よく知らないものを趣味だって(いつわ)るなよ。


「今度ご馳走しますね」

「あ、ありがとう」


 奴隷が回す棒を使って()いたお茶。

 ちょっと飲んでみたい。


「あの、高志様の趣味はなんでしょうか?」


 そんなのゲームに決まって――。

 よく考えたら未来に俺の趣味のことを話したことなんてなかったな。


「俺はゲームが好きだな。最近はFPSよりもRPGにはまっててさ」

「そうなんですね」

「ああ、妹はガキ臭いって馬鹿にするんだけどさ」


 俺は笑っていったつもりだったが、歌古は申し訳なさそうに顔を伏せてしまった。

 しまった。ちょっと言い過ぎたかな。と、思ったが。


「……それはきっと、自分も混ぜて欲しいんだけど、『混ぜて欲しい』というのが恥ずかしくてつい言ってしまっただけだと思います」


 ――驚いてしまった。

 歌古の言葉は明らかに未来の本音だ。

 未来がそんな風に思ってくれてたんなんて。

 やばい。胸が熱くなってきた。

 にやにやが止まらない。


「じゃあ、今度誘ってみようかな」

「は、はい、それがいいかと思います」


 よっし! 『義妹とゲームした』のトロフィーを獲得できるぞ!

 やべ、嬉しさのあまりわけわかんないこと考えちゃってる。


「い、妹さんと仲は良くないんですか?」

「ああ、あまり良くないと思う」

「そ、そうですか」


 しゅんと小さくなる歌古。

 さっきの嬉しさの『熱』を伝えたい。

 君の本音に俺も本音で応えたい。

 だから、つい言葉が出てしまった。


「でも、俺は好きだ」

「ほへっ」

「義妹はちょっとわがままなところもあるけど、俺にとっては大好きな妹なんだ」

「そ、そうですか」


 歌古は顔を真っ赤にして(うつむ)く。


「あとさ。未来は熱いラーメン食べるとき必ず『フーフー』するんだよな。そこが可愛くてさぁ」

「……」

「俺が勉強でつい眠ってるとき、毛布かけてくれたりするんだよ。『してない』って言うんだけど耳が赤くなってるからすぐわかるんだよね」

「……わかってたんだ。お兄ちゃん」

「それに可愛い! 睫毛(まつげ)とかすっごい細いし、目だってちょっと青色混じっているよな!」

「そ、それくらいで」

「あと姿勢も綺麗だよな! なんというかすらっとしててさ!」

「……」


 歌古は完全に黙ってしまった。

 拳をぎゅっと握りしめて唇をぷるぷるさせている。

 耳をすませば『コロシテ……コロシテ……』と悪の組織に改造されたモンスターみたいなことを言ってる。

 俺としてはもっと言いたいくらいなんだけど。これ以上()めたら死んでしまいそうな反応だ。


 落ち着くまで注文したコーラのストローに口をつける。

 やや顔の赤みが取れてくると、歌古が顔を上げた。


「あ、あの、質問があるんですけど」


 あの反応でまだバレていないと思ってたのか。

 ちょっと褒めすぎて逆に胡散臭(うさんくさ)いかなって思ってたところなのに。


「何かな?」

「そんなに可愛いなら未来さんのこと、どう思っているんですか?」

「可愛い義妹だと思ってるよ」


 紛れもない本心だ。

 でも、なぜか歌古はちょっと不満そうだ。


「どうしたんだ?」

「……恋人、にはならないんですか?」

「ぶっ!」


 思わず口からコーラが()き出てしまった。


「な、なんで?」

「だって、その、義妹さんはお兄さんのことが好きみたいですし。血は繋がってないんですよね」

「そ、そうだな」

「だったら、義妹さんが恋人になればいいじゃないですか。すばらしいことです。たったそれだけで理想的なカップルが生まれます」


 セルに吸収された人造人間17号みたいに推してくるんだけど。


「あのさ。マッチングしたのって君とだよね? なんで義妹推してくるの?」

「え、そ、それは。義妹がお兄ちゃんと結ばれるほうが自然だと思ったので」


 いや不自然だろ。

 ゲームの中でしか聞いたことないルールだよ。社会の常識が乱れる。


「もう無理があるだろ。未来、だよな?」

「ち、違います」


 あくまでも否定するのか。

 ……ちょっとむかついてきた。


「ふーん。そっか」

「は、はい」

「じゃあ、こんなこと言ってもいいよな」

「え」


 俺は身を乗り出して、歌古の顔に近づける。

 キスをするくらい近い距離。お互いの鼓動(こどう)すら聞こえてきそうだ。


「俺は未来が好きだ」


 耳元で(ささや)くように告げた。


「~~~~~っ」

「好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ」


 連呼(れんこ)するたびに歌古が『はひ』とか『ほへ』と変な息が()れる。


「未来が好きだ」


 駄目押しで最後に告げる。


「…………はふっ」


 キャパシティがオーバーしたように歌古の頭からぷしゅー湯気が出た。


 頃合(ころあ)いか。


「でさ。その髪、どうしたんだ? ウィッグ? よく出来てるな」


 あくまでも日常の会話のように語り掛ける。すると。


「演劇部から借りて――」


 言い終わる前に歌古は我に返った。


「で、どうしてこんなことしたんだ? 未来」


 そう問いかけるが。


「……っ!」


 歌古がダッシュで店から出て行った。


「あ、待て!」


 くそ、油断した!

 慌てて俺も追いかけようとするが。


「お客様。お会計を!」


 くそ! 急いでるのに!


「ほら! 釣りはいらない!」


 さっと千円をカウンターに置いていく。だが。


「お客様!」

「なんだよ!」

「足りません」


 ……マジで?


「コーラ。ストロベリーケーキ。パンケーキ。スペシャルミックスパフェ。ダブルサンデー。抹茶アイス。ココナッツジェラート。合計で五千百円です」


 どんだけ食ってんだよぉぉぉ!


 ※※※※※※※※


 その夜、自宅に帰った俺は未来の部屋をノックする。


「おーい、未来。いるか?」

「……いない」


 いや、いるじゃん。


「話がある。開けてくれ」

「いや」


 俺が怒っていると思っているのか若干、声が震えている。


「仕方ない」


 そう言うと、未来のほっとした気配が扉越しに伝わってくる。


「無理に開けるから」

「え、ちょ――!」

「うぉりゃ!」


 俺は扉を蹴って蝶番(ちょうつがい)を壊して無理やり開ける。部屋の中には未来が布団をかぶって隠れていた。

 初めて入った妹の部屋はぬいぐるみなどやコスメが置かれており、思ったより女の子の部屋という感じだった。


「ちょっとお兄ちゃん! 勝手に部屋に入るなんてありえない!」


 文句を言う未来。だが、聞く耳はない。なんせ俺のほうが文句を言いたいんだから!


「なんであんな真似したんだよ」

「なんのこと?」


 あくまでもしらばっくれるつもりか。


「名前からしてバレバレなんだよ。歌古ってそのまんま過去って意味だろ。――未来とは対極(たいきょく)のな」

「それは……」

「なんでだ?」


 もう一度(ねん)を押すように聞くと。


「……だって、お兄ちゃんが妹離れするなんて言うから」


 未来は唇を(とが)らせてそっぽを向く。


「じゃあ、なんでいつもそっけない態度を取るんだよ」

「……ぅ。だって、しょうがないじゃん。恥ずかしかくてどんな顔すればいいかわかんなかったんだもん」

「そう、だったのか。お前がトイレに入った時、音を聞かれるのを嫌かなと思ってゴスペル歌ってたら周りのみんなも歌いだしてミュージカルっぽくなったから、お前がトイレから出て来にくくなって、ようやく出てきたら俺を殺すような目で見てたのも恥ずかしがってたから?」

「それは単純に死ねと思ったからだけど」


 (ひど)くない?


「もうちょっとわかりやすい態度取れなかったのか?」

「私の学校って女子ばっかりだし。男の子とどう話したらいいかわかんないんだもん」


 接し方がわからないというなら俺も同じだ。……俺だって妹が出来たのは初めてだから。


「じゃあ、俺のこと嫌いじゃないのか?」

「お兄ちゃんのこと……嫌いになるわけない。お兄ちゃんはこんな私にも色々話しかけてくれたり、世話してくれたじゃん。そんな人嫌いになるわけないよ」


 それってつまり両思いってことじゃないか。


「……未来」


 感極(かんきわ)まった俺はつい未来の頬に手を当てる。


「……うん」


 ほぉっと顔を赤くした未来が俺の手に自らの手を()える。


「お兄ちゃんの手、あったかい」

「未来の頬もやわらかいな」

「うん」

「まるで大福みたいだ」

「……お兄ちゃん、なんで食べ物にたとえるの? 雰囲気台無しじゃん」


 未来は俺の手からぱっと離れて、じとーっと睨んでくる。

 そういうもんなのか。


「悪い」

「いいよ。だって、それがお兄ちゃんなんだもんね」


 そう言うと、未来を軽く背伸びをして。


「ちゅ」


 口づけ。ほんの一瞬で唇の感触なんて感じなかった。


 夢みたいな出来事だが、心臓の鼓動(こどう)が激しくて嫌でも現実を認識させられる。


「今度から気を付けてね」


 今度。つまり、またしてくれるということだ。

 やばい。もう駄目だ。(ふた)をしていた思いが(あふ)れてくる。


「未来、好きだ」


 一瞬、驚いた顔をする未来。だけど。


「うん、私も」


 ※※※※※※※※


 素直になった未来はとんでもなかった。


「お兄ちゃん。ほら、起きて」


 まず朝起こしてくれるようになった。


「ん~」


 そして、やたらキスを迫るようになった。

 もちろん、しっかりと応じてるけど。


 ※※※※※※※※


 朝ごはんも作ってくれるようになった。


「未来! 初心者なのに目玉焼きは無理だって!」

「作れるもん!」

「……ほら、未来。この五円玉をよく見て。ほ~ら、『目玉焼きは無理。初めはコーンフレーク』」

「こーんふれーくは無理――はっ!危ない! っ!」

「こいつ! 手の甲をつねることによる痛みで催眠を打ち消した!」

 失敗もあるけど。


 ※※※※※※※※


「お兄ちゃん。おやすみ」


 夜は一緒の布団で寝る。


「ああ、おやすみ」


 先に寝てしまうと。


「お兄ちゃん。好き。好きぃ」


 寝てる間にめっちゃくちゃキスされる。

 それで起きるのだが、キスをされたくてつい寝たふりをしてしまう。


 ※※※※※※※※


 たまに歌古になってたり。


「誰かつけてきていると思ったらお前かよ」

「お兄様。今、女性店員の胸を見てましたよね?」

「見てないよ?」

「五か月前にも見てましたよね?」

「なんでそんな昔のこと……あ! お前、つけてくるの初めてじゃないな!?」


 ※※※※※※※※


 親には当然バレてしまった。


「お兄ちゃんが好きだから」


 好きと言う感情を受け入れてしまったら後は突き進むだけだというように未来をひたむきだった。

 初めは戸惑っていた親もやがて諦めるように受け入れてくれた。

 そんな風に日々を過ごして。


 ※※※※※※※※


 季節は春。

 あれから何度未来と季節を過ごしただろうか。

 俺たちは別れと出会いを繰り返して。


「お兄ちゃん、準備できた?」


 大人になった未来が部屋に入ってくる。

 純白のウェディングドレスが眩しい。


「未来、綺麗(きれい)だ」

「……お兄ちゃんも恰好良いよ」


 付き合い始めた頃のようにお互い照れ合う。

 どんなに時が経っても思いは色あせない。


「というか、お前、まだそんな風に呼ぶのか?」

「別にいいじゃん」


 ちょっとだけ唇を尖らせる。

 大人になっても出会った頃の生意気な面影を感じる。


「ね。お兄ちゃん」


 彼女が笑うと同時に空に日が差し込んだ。

 まるでこれから先の未来を祝福しているようだった。


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