説得
「今村、夏木マミはどうだった?」
離れて電話をしていた今村が帰ってきた。
「駄目で──」
「なんだと!ババアの裸体で子供の命が救えるんだぞ!!」
「村田警部!痛いですっ!」
「俺が直接話をする。夏木マミの連絡先を教えろ!」
「ケホッ……はぁはぁ、どうぞ」
ついカッとして今村の首元を掴んでしまった。が、今は反省より先にすることがある。夏木マミをなんとしても説得しなければならない。手早く11桁を入力し、スマホからの呼び出し音にじっと耳を澄ます。
"……はい"
「県警の村田と申します」
"また警察?さっきお断りした筈よ"
「犯人は拳銃を持った凶悪犯です。今、園児達の救出に向けて準備を進めていますが、時間が必要です。夏木さん。貴方の裸で沢山の命が救われる。この事件が解決したら、貴方は日本、いや、世界中で賞賛されることになるでしょう」
"……嫌よ。こんな衰えた身体をネットに晒したくないわ"
「それは違います。人間にはその年齢に合わせた魅力がある」
"私はもう65歳よ。誰が魅力を感じるというの?"
「少なくとも私は見たいです。我々の世代にとって夏木マミという女優はまさしく青春だったのです」
"……村田さん。貴方は何歳?"
「今年、55歳になります」
"ふふふ。貴方の世代だと私の若い頃のヌードを見たことがあるかもしれないわね"
「はい。美しかったことを覚えています」
"……ありがとう。村田さんと話して考えが変わったわ。脱いでもいい。でも、一つ条件があるわ"
「なんでしょう?」
"村田さん。貴方が先にTwittorで裸を晒して頂戴。こんなおばあちゃんが1人で裸を晒すのは寂しいもの"
くっ。このババア、ふざけた事を言いやがって!なんで俺が脱がないといけないんだよ!
"どうしたの?人にお願いしていることを、自分は出来ないなんて言わないわよね?"
「……もちろんです。先に投稿します。夏木さんも後から必ず画像を送ってください」
"分かったわ。じゃ──"
──ぉぉぉおおおお!なんなんだよー!!
「今村!」
「は、はい!」
「俺の裸を撮れ!」
「えっ!なんでですか!?」
「いいから、撮ってくれ!時間がない」
こうなったらヤケだ。ネットに晒されるのは事件が解決するまでの少しの間。どうせ俺は嫁も子供もいない独り身で誰にも迷惑がかからない。唯一の気掛かりは田舎の母親だが、テレビしか見ない世代。大丈夫だ。
機動隊の遊撃車に今村を引き摺り込み、ドアを閉める。
「警部、本気ですか?」
「うるさい!本気だ!」
ズボンを下ろしながら応える。
「一体、夏木マミに何を言われたんです?」
「俺が脱げば、夏木マミも脱ぐ!」
ワイシャツのボタンを外し、肌着ごと脱ぎ捨てる。
「さぁ、撮れ!!」
「……わかりました」
今村のスマホからフラッシュとシャッター音が響き始めた。
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「警部、今度は後ろを向いてお尻を突き出して下さい」
「おっ、こ、こうか?」
「警部、もっと表情に艶を出して」
「艶?こんな感じか?」
「いーですいーです。セクシーです」
「今村、もう充分撮ったんじゃないか?」
まだまだシャッター音は続いている。
「まだです警部。この事件は日本中で注目されているんです。中途半端な写真はかえって危険です」
危険?どういうことだ?
「警部、四つん這いになって下さい」
「えっ?」
「四つん這い!」
性格変わってるじゃないか!
「いーですよ!警部!凄くいいです」
今村の撮影はスマホの容量が一杯になるまで続いた。