魔痕が現れた少年
ひとりの少年が本を読んでいた。
年は8歳くらい。短く整えられた青い髪がとても似合う美麗な見た目の持ち主だ。
周りには本棚が沢山あり、閑散としたその場所はどうやら図書館の様だ。
少年は、紫の瞳を輝かせ集中して読んでいる。
時に驚いたり時に美麗な顔をしかめたり、どうやらかなり感情移入している様だ。
パタン
と少年は本を閉じた。
そして本を抱えて入り口の方に向かう。
入り口にはひとりの初老のお爺さんがおり少年を見て話しかけた。
「ドルトス様。そちらの本を読み終わりましたか?」
「あぁ…爺。この本は歴史の本だったのだが、今は無きスヴェール王国の歴史が書いてあったよ。
魔痕が現れた悪魔……。
たった数日で王都を滅ぼしてしまうなんて。」
「今から28年前の事です。ひとりの青年が突然、悪魔と契約し、王都を滅ぼすといった暴挙にでたのは…。
爺も彼の者を見ましたが、その頬には悪魔との契約の証『魔痕』が現れておりました。
彼の者はとても強くあっという間に王都を滅ぼしたかと思えば突然姿を消しました。いったい彼の者がどこに消えたかは誰も知る由がないのです。」
ドルトスは顎に手を当て考えるような仕草をした。
「爺…その彼の人は未だに見つかっていないの?」
爺は答えた。
「さようでございます。王都を滅ぼした数日後に行方不明になっております。」
「ふむ……。」
「ドルトス様、興味を持ってはなりませぬ。悪魔がらみの事項に良い事などありませぬ。」
爺は、ドルトスの瞳が興味ありそうに輝いているのを見逃さなかった。
齢8歳の少年が興味を持つのも無理はないのだが…それでも悪魔がらみとなると、止めずにはいられない。
悪魔…それは『契約者の願いを叶えるのと引き換えに、契約者に魔痕を残すと言われている。また、契約者は魔痕が現れると、何かを失う』事がわかっている。
「しかし…気になるな。急にいなくなるなんて。」
「ドルトス様、しかしもかかしもありませんぞ。関わってはなりませぬ。」
「まだ、何も言っていないぞ。」
「貴方様は大切なお方です。爺は心配なのです。」
「わかっているさ。爺はいつも口をすっぱくして言っているもんな。」
「さようでございます。ドルトス様は爺が昔お仕えしておりました、エミーレ様の忘形見なのです。」
エミーレ様と発言した瞬間、爺の表情は曇り哀しげに空を漂った。それはまるで、昔のことを思い出しているかの様に。
ドルトスは哀しげに空を漂った視線の爺の肩に手を充て、微笑んだ。
「爺には感謝しているよ。両親を失った僕をここまで、育ててくれたんだから。」
「ありがとうございます。ドルトス様。その言葉に爺は救われます。」
爺はドルトスを抱きしめた。
「こんなに大きく立派になられて……。」
爺はいつもこんな感じだと、ドルトスは心の中で呟いた。
ドルトスの母であるエミーレは数年前に病気で亡くなった。父親はすでに亡くなっているのか、ドルトスが物覚えついた頃からいなかった。
いつも一瞬にいたのは爺ひとり。
今は森の中の一軒家で二人で暮らしている。
どうやら爺はエミーレといた時間がとても長かったのか、エミーレの話になるといつも感傷的になる。
ドルトスは若干呆れながらも爺をなだめた。
「爺。そろそろ僕は次の本を探すよ。まだまだ読みたい本はたくさんあるからね。」
「かしこまりました。爺はここにおりますので、何かありましたらお声がけください。」
「わかった」
ドルトスは今まで読んでいた本を元に戻し、次の本を探し始める。
「……て……」
何かが聞こえた気がした。
ドルトスは何かが聞こえた方向に向かってみた。
「…たす…けて……」
今度はハッキリと聞こえた。
『助けて』と言っている様だ。
ドルトスは声が聞こえた方を見る。しかし、そこには何もなく、あるのは本ばかりだ。
しかし声はまだ何度も聞こえてくる。
「たすけて……!」
と。ドルトスは声が聞こえてきたであろう本を取り出した。
すると……
「あぁ…やっと気づいてくれた。貴方が助けてくれるのね。」
と、聞こえてきた。
ドルトスは思い切って本を開いてみた。
……が、本の中は白紙で何も書かれてはいない。声は絶え間なく聞こえてきた。
「お願い!ワタシは本の中に閉じ込められたの!助けて欲しいの!ここにワタシを助ける!と書いてアナタの名前を書いてくれればワタシは助かるの!」
ドルトスは善良な少年だった。疑う事を知らず、純粋に困ってるのだろうと思った。
「よくわからないけど、閉じ込められてしまったんだね?わかったよ。今助けるよ。」
ドルトスは白紙のページにペンで『この本に閉じ込められてしまった者を開放する事。』それと、『自分の名前』を書いた。
その瞬間!辺りが突然暗くなった!
そして聞こえてくる声。
「ありがとう坊や。おかげでこの本から出れたわ。御礼に貴方には魔痕をプレゼントしたの。うふふ。貴方は今から悪魔の契約者になったのよ。」
ドルトスは驚き、叫ぼうとした……!
……が、しかし声は出なかった。
「じゃあね。坊や。アハハハ!」
そう言って声は聞こえなくなった。
ドルトスはガックリと膝まづいた。
今、自分が解放したのが悪魔だったのだという事に気付いた。
しかしもう後の祭りだった。
異変に気付いた爺がランプを手にやってきた。
「ドルトス様、今、突然明かりが消えましたが大丈夫でしたか?」
「……」
ドルトスは大丈夫と言おうとしたが声が出なかった。
「ドルトス様?」
「……」
爺はドルトスにランプを向けた。
するとそこにはドルトスの顔があり、また両方の頬には赤い痕が残されていた。
「……!ドルトス様!?」
爺はかけより、しかとドルトスを見た。
長年の経験、また実際に魔痕を見た事がある爺はドルトスの頬に現れている痕が魔痕である事に気づいた。
「あぁ…なんて事だ。私が側におりながら。まさか、この本棚に悪魔の書が隠されていようとは。」
ドルトスが喋らない事に爺は気付いた。
「ドルトス様。先程から一言も喋っておりませんがいったいどうされましたか?」
しかしドルトスは喋らない。
「ま、まさか…ドルトス様が失ったのは『お声』ですか?」
ドルトスは一生懸命喋ろうとするが声が出ない。
「あぁ…なんて事だ。エミーレ様申し訳ございません。私はこの失態を一生償償う所存です。」
ドルトスは目を伏せた。自分が騙されてしまったばかりに爺が悲しい表情をしている。
そしてドルトスは思った。なんとかして自分の声を取り戻そうと。手段はわからない。
が、こんなに自分を大切にしてくれる人を悲しませてはいけない。
その為なら剣の稽古もしっかり取り組み強くなろうと。図書館の本も沢山読み、知識を蓄えようと。心に誓った。
そして8年の月日が流れ……
ドルトスは立派な青年になった