マクシミリアン邸へようこそ!ー前編
パカラッパカラッパカラッパカラッ……
ソファの背もたれ越しに蒸気馬の蹄の音が静かに聞こえる。
本物の馬と寸分違わぬその軽快な足音は、室内に流れるクラシック音楽と見事に調和し、暖かな空調と相まって心地よい眠気を誘う。
「本邸までまだもう少しかかります。それまでハーブティーでもいかがですか?」
向かいのソファに腰掛けたアーサーさんが、先程とはうって変わった穏やかな口調でわたしにお茶を進めてくる。
そういえば少し喉が渇いたような気がするし、せっかくだからご相伴にあずかろうかな?
「あ、それじゃあいただきます。」
「かしこまりました。」
アーサーさんが一礼し、ソファの肘掛けに備え付けられたコンソールを滑らかな手つきで操作した。
すると目の前のテーブルの中央部がスライド展開し、中から湯気の立つティーポットとティーカップを乗せた大皿がせりあがってくる。
「おぉ!これはすごいですね!」
「ははは、そうでしょうそうでしょう!なにせ、マクシミリアンの技術ですからな。ささ、どうぞどうぞ!」
アーサーさんは自慢げに微笑むと、ぎこちない手つきでティーカップにお茶を注ぎ、わたしに差し出した。
どうもアーサーさん、機械の扱いは上手いけど家事の類いはあまり上手じゃないみたいだ。
わたしは一礼し、受け取ったティーカップを口元に運ぶ。
口の中にさわやかな香りと上品な苦みが広がり、そのおいしさに思わず恍惚となる。
どうやら相当高価な茶葉を使っているらしい。
ティーセットも腕のいい職人の手による高価な品物のようだ。
さすが金持ち。
二口目を口に運びつつふと窓の外に目をやると、鬱蒼とした木々が流れていく。
マクシミリアン邸の正門をくぐってからはや三十分。
窓の外の光景にはいまだ変わりがない。
木、木、木。
ひたすら木である。
隣の座席を見ると、ステラとロボ丸が座席に寄りかかりスヤスヤと寝息を立てている。
最初は窓の外の風景にはしゃぎ声をあげていたけど、そのうち飽きてしまい昼寝を始めたのだった。
レオナは日当たりのいい窓際で丸くなっている。
どうやらアイツは外の景色には関心がないらしい。
「その、ずいぶんと大きなお庭ですね。」
「そうでしょう、そうでしょう。なにせ、この森一帯がマクシミリアン家の私有地ですからな。」
アーサーさんが満足げな表情でうんうんと頷く。
「今更ですけど、マクシミリアン家ってもしかしてあのマクシミリアンですか?」
わたしはさっきから気になっていたことを思い切って聞いてみた。
「えぇ、その通りです。あの『マクシミリアン重工』ですよ。」
アーサーさんは蜜のような笑顔を浮かべ、こっくりと頷いたのだった。
マクシミリアン重工。
それはレムリア共和国、いや、この大陸一の規模を誇る超巨大企業である。
蒸気馬から家電、スプーンに至るまで、我々が日常的に使っている道具は全てこの企業が製造しているといっても過言ではない。
(あの封蝋の紋章、それにマクシミリアンっていう名前、どおりで見覚えあると思った。まさかニアちゃん、こんなすごいとこのお嬢様だったとは……。)
なんだか緊張して口の中が乾いてきた……。
三口目でカップに残ったお茶を一気に流し込み、口の中を潤す。
こんなことならもう少し身だしなみに気を使うんだった。
今着ているコートはいくらなんでもボロ過ぎる。
カップの底に薄ら残ったお茶を眺めながらぼんやりとそんなことを考えていると、馬車がガクンと軽く揺れた。
それと同時に馬車のスピードが徐々に緩やかになっていく。
「おっと、もうそろそろ到着しますよ。停車時に少し振動があります。手摺りに掴まってじっとしていてください。」
「わかりました。ステラ、ロボ丸、そろそろ起きなさい!もうすぐ着くってさ。」
「うーん……マスター、もう着いたの?」
二人は眠たげな目を擦りながら大きく伸びをした。
直後、ガクンッという小さな衝撃が二、三度続き、ゆっくりと馬車が止まった。
馬車の扉がゆっくりと自動的に開き、外の冷たい空気が馬車内に流れ込む。
「さあ、着きましたぞ。皆さま方、足元にお気をつけてゆっくりと降りてください。」
アーサーさんが先にタラップを降りてわたしたちを先導した。
わたしは窓際で堕睡魔を貪るレオナの首根っこをふん掴むと、ゆっくりとタラップを降りた。
首を上げた先にあったものを見て、わたしは思わず感嘆の声を上げた。
「おー……。これは……すごいですね。」
わたしは目の前に聳える巨大な建物をぼんやりと見上げ、そのまましばらく次の言葉が出なかった。
いったいいかなる素材で作られているのだろうか、壁一面を白いタイルのような構造材で覆われた超巨大な建築物。
外見はかなり簡素であり、貴族の屋敷にあるような優美な装飾の類いは一切ない。
さらに屋敷の屋上部分には巨大なパラボラアンテナが複数台設置され、規則正しい動きで回転している。
その無機質さは屋敷というよりは、どこか巨大な研究施設のように思えた。
「マスター見て見て!アリスのお屋敷より大きいよ!」
「さすが大企業のお屋敷ロボ。アリスのボロ屋敷よりずっと綺麗ロボ。」
「アンタたち、それ、アリスさんの前で絶対言うんじゃないわよ!」
わたしは屋敷を見上げてはしゃぐ二人を嗜めると、アーサーさんの先導に従って屋敷内へと入っていった。




