第一章エピローグ
闘いが終わった後、わたしたちが最初にしたことは、腹部に重傷を負ったアリスさんを治癒することだった。
スクラップと化した蜘蛛の影に彼女は横たわり、苦しげに呻いている。
「アリス、酷い怪我……。」
ステラが青ざめた顔でそう呟いた。
事実、彼女の怪我はあまりにも酷いものだった。
蜘蛛の脚に貫かれた腹にはぽっかりと大きな穴が空いており、傷口からは扇動する内臓が見えている。
そのあまりの惨たらしさに、わたしは思わず絶句する。
普通の人間なら生きていられないほどの重症だ。
「ステラ、すぐに回復魔法を!」
「了解、マスター!」
わたしは腹の底から魔力を振り絞り、ステラへと注入する。
彼女の腹部にステラが手の平をかざし、回復魔法をかけはじめた。
ステラの手から放たれる淡い緑色の光が傷口を包み込み、腹に空いた穴を徐々に塞いでいく。
それからしばらく、何度かにわけて初級回復魔法を重ね掛けすることによって、なんとか傷口を塞ぎ、止血することには成功した。
だがしかし、内臓器官の修復まではさすがに出来なかった。
内臓の治癒ともなると、より高位の回復魔法が必要であり、そういった魔法を使うにはより大量の魔力を必要とする。
蜘蛛の大群との戦闘を終え、魔力が尽きかけている今の状況では、これが精一杯の処置だ。
「う……うぅ……。」
やがてアリスさんが苦しげな呻き声を上げ、微かに瞼を開いた。
そして微かに首を傾け、こちらに視線を合わせた。
「アリスさん!」
わたしは思わず歓喜の声を上げた。
よかった。なんとか意識を取り戻してくれた。
嬉しさからか、自然と涙が込み上げ、わたしの頬を濡らす。
ステラも涙を浮かべて泣いている。
「どうやら少しの間、眠っていたようじゃな……。おぬしら大事はないか?どこか怪我をしとらんか?」
アリスさんは苦しげに呻きながら、無理に上体を起こそうとした。
「アリスさん!無理はしないでください!」
そう言うと、わたしは慌てて彼女の身体を支えた。
「わたしたちは大丈夫です!っていうか、他の人の心配なんてしてる場合ですか⁈アリスさんの方がよっぽど重体じゃないですか!少しは自分の心配しろ!このバカ!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、わたしは彼女を叱りつけた。
でも、涙で声が震えて、上手く言葉が出なかった。
アリスさんはしばらくぽかんとした表情でこちらを眺めていた。
それからくすりと笑うと、母親の様な優しい笑顔を浮かべて、わたしの頬を優しく撫でてくれた。
「案ずるなドロシー殿、わしは魔族じゃ。魔族はな、首を刎ねられん限り死んだりはせんのだ。腹を裂かれようが、手足を切り落とされようが、いずれ傷は癒え元に戻る。じゃが、ありがとうなドロシー殿、それにステラ殿。おぬしらのおかげで、だいぶ楽になった。」
アリスさんはそう言うと、どこか嬉しそうな顔で微笑んだ。
「ご主人、ちょっとこっちに来るロボ!変なものを見つけたロボ!」
遠くからロボ丸の声が聞こえる。
周囲の索敵に向かっていた彼女が戻ってきたのだろう。
わたしは立ち上がろうとするアリスさんに肩を貸し、彼女の傷が痛まないように、静かに慎重に立ち上がった。
そして、ロボ丸の声がする方へと、二人でゆっくりと歩いていく。
声が聞こえるのは、ちょうどコロッセオの中央部からだ。
しかし、蜘蛛の死骸で塞がれた道を迂回しながら進んだので、目的地にたどり着くのにだいぶ時間がかかってしまった。
「ロボ丸、いったい何を見つけたの?」
わたしは疲れでへとへとになりながら、ロボ丸にそう問いかけた。
「ご主人、あれを見るロボ!」
ロボ丸は蜘蛛の死骸の山の上に立ち、ある一点を指差している。
わたしたちは、彼女が指差す方向に視線を向けた。
彼女が指さす先、そこにあったのは、虹色に光り輝く巨大なモノリスだった。
そして、モノリスの足元には、二つの転移陣。
一つは起動しており、もう一つは魔力が流れておらず、不活性状態にある。
これまでの経験からすると、おそらく活性状態にあるものは帰還用のもので、不活性状態のものは、ここから更に下の階層に進むためのものだろう。
わたしとアリスさんは、慎重にモノリスへと近寄り、その艶やかな表面をじっくりと観察した。
モノリスは、絶えずプリズムのような煌びやかな光を放っている。
おそらく、モノリスを構成する素材自体が光りを放っているのだろう。
意を決して、そっと触れてみると、まるでゴムのような硬い弾力がある。
そして、湯たんぽのような、微かな温かみを感じた。
いったいこれがどのような素材でできているのか、まるで検討もつかない。
有機的な特徴を持った、未知の金属だ。
表面には回路基盤の様な紋様が彫られ、そこには高密度の魔力が常に流れ続けている。
紋様はモノリスのある一点に繋がり、どうやらそこに向けて魔力が集中しているらしい。
魔力の流れる先、そこにあったのは……やはり、虹色のダンジョンメダルだ。
それは、ちょうどモノリスの中央部分に、すっぽりと埋め込まれていた。
わたしはメダルに指をかけ、それをモノリスから引き剥がした。
カチリという音がして、メダルは案外簡単に外すことができた。
すると、モノリスが一際強く輝き出し、まるでルービックキューブのようにカシャカシャと変形をはじめたのだ。
数秒の後、モノリスは円形の台座のようなものに姿を変え、不活性状態の転移陣の中央に屹立していた。
台座の中央には、メダルをはめ込むための穴が空いている。
おそらく、あの穴にメダルをはめ込むことで、次の階層へと進めるのだろう。
わたしは手のひらの上のメダルを静かに見つめた。
メダルはわたしの手のなかで、温かい虹色の光りを放っている。
わたしはそれをそっと握りしめて、ぼろぼろのウエストポーチの中にそれをしまった。
「それじゃあみんな、一旦帰りましょうか。」
わたしはみんなの方を振り返り、帰還を提案した。
アリスさんが重症を負い、わたしも魔力が尽きかけて疲弊している。
ロボ丸も装備が破壊され、ほとんど丸裸の状態だ。
ポーションも全部使い切り、アイテム類はほとんど残っていない。
これ以上の探索は、どう考えても不可能だろう。
「そうじゃな、一旦うちに帰って、しばらくの間休むとしよう。なぁに、探索などまたいつでもできるさ。それにしても……。」
「どうかしました?アリスさん。」
わたしが尋ね返すと、アリスさんは少し笑ってこう答えた。
「いや、お互い酷い格好じゃと思うてな。まったく、自慢の一張羅がぼろぼろじゃわい。」
アリスさんは顔を伏せ、ふふふと笑った。
なるほど、今のわたしたちは、ほんとうに酷い格好だ。
わたしもアリスさんも、ロボ丸もステラも、全身泥と切り傷だらけ。
着ているものといったら、焼け焦げた布が身体に纏わり付いているだけの、ほとんど裸に近い格好だ。
この中で唯一まともな格好をしているのは、さっきから蜘蛛の死骸の上で寝返りをうっているレオナだけだ。
「ロボ丸、ステラ、おうちに帰ろう!レオナ、あんたとっとと起きなさい!じゃないとここに置いて帰るわよ⁈」
「うにゃ⁈待ってほしいにゃ〜!置いてかないでくださいにゃ〜!」
レオナがバッと飛び起きると、ネコのような素早さでわたしの肩へと飛び乗ってきた。
わたしたちは帰還用の転移陣に足を踏み入れた。
わたしたちの身体を光が包み込んで、身体が光の粒へと変換される。
転移される直前、わたしの脳裏には様々な事が過った。
ステラとの出会い、大蜘蛛との死闘、新しく生まれ変わったロボ丸、アリスさん、レオナ、ジャングルの珍獣、コロッセオでの激闘、そして謎のダンジョンメダル。
まだまだわからないことだらけだ。
そして何より、わたしにはまだ力が足りない。
おそらく、これより下の階層には、今まで以上の強敵が待ち構えているのだろう。
果たして、これからの闘いで生き残ることができるだろうか?
「マスター、どうしたの?」
わたしの足元に立つステラが、不思議そうな顔でこちらを見上げている。
「ううん、なんでもない!帰ろうステラ!」
「うん!帰ろうマスター!」
ステラはそう言うと、満面の笑顔でにっこりと微笑んだ。
やっぱりすごくかわいい!
そうだ、わたしは一人じゃない。
ステラにロボ丸、それにアリスさんにレオナ。
わたしには力強い仲間たちがいる。
みんなと一緒なら、わたしはもっともっと強くなれる。
たとえどんな敵が相手だろうと、みんなと一緒なら打ち勝てるはずだ。
しかし、今は一旦引いて、身体の傷を癒そう。
わたしたちを包む光りは次第に強くなり、視界のほとんどを覆い尽くした。
やがて、わたしたちの全身は完全に光へと変換された。
そしてその身体は、ダンジョン入り口の転移陣へと静かに飛ばされて行ったのだった。
〜第一部 完 〜
これにて第一部は終了です。
いままで応援してくれた皆さま、本当にありがとうございます。
これからはじまる第二部も、どうぞよろしくお願いいたします。




